kwaidan

七十一/ 嫉妬

Nさんはある頃から、毎晩うなされるようになった。 仕事疲れのせいかと思ってそのまま過ごしていると、今度は夜中に部屋のあちこちを何か固いもので叩き回るような音がする。それも当初は十分程度で静まっていたが、日に日に長い間続くようになり、じきに一…

七十/ 今日のひとこと

床に直接布団を敷いて寝るつもりだったEさんだったが、引っ越していくらも経たないうちにベッドを購入した。 新しいマンションに引っ越して一週間経った夜のことである。布団に入ってうとうとしていると、どこかからボソボソ話し声がする。隣室のテレビだろ…

六十九/ 火事のあと

Yさんが中学生の時の話というから、もう二十年近く前のことである。 近所で火事があり、家一軒が全焼した。それからというもの、その焼け跡には何か出るという噂が立った。Yさんはこの噂が本当かどうか確かめようということで、友人と夜中に焼け跡を訪ねた…

六十八/ ビンの蓋

アパート住まいのTさんの部屋には、ビンが一本もない。それというのも、ビンを置いておくと勝手に蓋が開いてしまうからである。原因はまったくもってわからない。ともかく、入居した当初にペットボトルやら一升瓶やらが片っ端から開いてしまって以来、どう…

六十七/ 錆びずの槍

Eさんの実家の裏庭に、一本の大きなクスノキが立っている。Eさんの家が建ったのは明治のことらしいが、その木はその遥か以前からそこにあるらしく、樹齢数百年と言われている。その木には古さのほかに、もう一つ特異な点があった。地上から約三メートル辺…

六十六/ 不動の書

市の図書館に勤めるAさんに聞いた話。 その図書館には、位置を変えることができない本があるという。ある時、書架のスペースの問題から、一部の古い本を閉架書庫に移すことになった。休館日に出勤して移動作業をしていると、いざ閉架書庫に運び込んでリスト…

六十五/ 猫との旅

Oさんが四歳のときの話。 昼下がり、ふとお母さんが庭で遊んでいるOさんを見ると、Oさんがお菓子の袋を持っていた。台所から持ち出したものだと思い、Oさんを呼んで取り上げると、お母さんが買った覚えのないお菓子だった。通りすがりの人に貰ったのだろ…

六十四/ 手拭

Kさんが中学二年生の夏休みに、親戚の寺に遊びに行ったときの話。 夕方、外の回廊に面した座敷で一人で宿題をやっていた。森に囲まれているため、蝉の声が喧しかったが、宿題に集中するにつれそれも気にならなくなった。しばらくしてふと集中力が途切れた瞬…

六十三/ 砂場野菜

Uさんは幼い頃、野菜は砂の中に埋まっているものだとばかり思っていたという。というのも、Uさんが近所の公園の砂場で遊んでいると頻繁に砂の中から野菜が出てきたからである。キャベツ、人参、玉葱など種類を問わず、Uさんが掘った砂の中からごろごろ出…

六十二/ 子猫の声

Tさんが小学生の頃の話。 仲のいい友達と家の近くで遊んでいた時、どこからか子猫の鳴く声がした。弱々しい声で助けを呼んでいるように聞こえる。声のするほうに行ってみることにした。声はどうも道路の側溝の中から聞こえてくるようだった。見える範囲の側…

六十一/ 不測の欠勤

Fさんはその朝、いつものように車を運転して出勤した。 勤め先の地下にある駐車場に車を停め、車の鍵に手を伸ばした時「あれ? 」と思った。いつもと感触が違う。引き抜いてみると、やはり自分の車の鍵ではない。狼狽しながら視線を上げると、また驚いた。車…

六十/ ぬいぐるみ

宴会のため夜遅くなった帰り道、飲み物を買おうと道端の自動販売機の前で立ち止まり、どれにしようかと一通り見回して、Sさんはふと異物に気がついた。自販機の下部、取り出し口の蓋に猫のぬいぐるみが挟まっている。クレーンゲームの景品くらいの大きさだ…

五十九/ 渋滞

Eさんは車を運転中、運悪く渋滞に捕まってしまった。歩いた方が速いくらいのスピードでしばらく進んでゆくと、行く手にある交差点の少し手前、片側の車線をボンネットのひしゃげた自動車が塞いでしまっている。どうやら交通事故が渋滞の原因のようだった。…

五十八/ 夢の中 その二

Iさんは郊外に買った一軒家に引越ししたその晩から、同じ夢を見るようになった。夢の中で気がつくと同じ部屋の中にもう一人誰かの気配がする。そちらを向くと、部屋の片隅の机に向かって見知らぬ若い男が寂しげに座っている。Iさんの位置からはその横顔し…

五十七/ 夢の中 その一

Nさんの母方のおばあさんは二つ隣の町に住んでいて、Nさんは幼いころからよく泊りがけで遊びに行っていたのだが、そのときに必ず見る夢があった。 一階の部屋で寝ていると、ふと気がつく。眠りに就いた時のまま布団に横になっているのだが、どうも部屋の様…

五十六/ 蔵の中

大学院で近世文学を専攻していたUさんは、ある時三重県の山中にある旧家へ資料を見せてもらいに行ったことがある。 母屋で幾つか貴重な資料を見せてもらい、それについて御当主に色々話を伺ったところ、話が弾んで随分気に入られた。そのお蔭で、土蔵にある…

五十五/ 緑の小人

Sさんが学生の時分、休日に友達のTさん、Kさんと車で遊びに行った帰り道のこと。 街中を走行中、後部座席にいたTさんが突然「あっ、小人」と声をあげた。SさんとKさんが聞き返すと「うん今、道端に小人がいた」と言う。詳しく聞いてみるとその小人の大…

五十四/ やすりがけ

Tさんは高校生の時、夏休みを利用して原付で二週間ほど旅行したことがある。お金はなかったので寝場所は主に屋根のあるバス停や公園などを利用していたというが、一度だけ神社に入り込んだことがあった。そこは小さな無人の社で、鍵は壊れていたのか最初か…

五十三/ 蛇球

Mさんは子供の頃、蛇を殺そうとしておじいさんにひどく叱られたことがある。おじいさんは後でその理由を教えてくれた。 おじいさんは子供の頃、よく蛇を殺して遊んでいたそうだ。大体蛇がどこに潜んでいるのか見つけるのが得意で、暇さえあれば山で蛇を獲っ…

五十二/ 赤い布

アパート住まいの主婦Iさんが夕方、ベランダで洗濯物を取り込んでいるとちょうど眼下の道を旦那さんが帰ってくるのが見えた。Iさんが手を挙げて合図すると、旦那さんも気付いてIさんの方を見上げたが、そこで何故か血相を変えて、息せき切って走って帰っ…

五十一/ 陳列棚

Hさんは学生の頃の一時期、コンビニエンスストアでアルバイトをしていた。ある日の夜勤の時のこと。深夜で客もいないので、スタッフルームで少し休憩して、掃除でもしようと店内に戻った。初めは、眠気で目がおかしいのかな、と思ったらしい。店内が妙に白…

五十/ 増えた先生

Mさんが高校生の時の話。午後の授業中についつい睡魔に負けて、数分間机に突っ伏した。気がついてみるとどうやら居眠りしていたのは僅かな間だけだったようで、授業はほとんど進んでいなかった。 しかし、変わっていることがあった。なぜか先生が二人いる。…

四十九/ 引っ張る

Tさんが背中まであった長い髪をばっさり切った。「最近ね、部屋の中で子供が騒ぐの。それだけじゃなくて、面白がってるのか、時々髪を引っ張られたりしたの。鬱陶しいから短くしちゃった。そうしたら声もしなくなって。多分、髪形が変わったから誰だかわか…

四十八/ 地震犬

Oさんの住んでいる町が、さる大地震で甚だしい被害を受けた時のこと。避難するときにお隣の前を通りかかると、お隣さんは一家揃って家の前に出ている。お隣の家は一階部分が無残に潰れて、とても中にいたら助からなかったような有様だ。しかし、地震が発生…

四十七/ 移動する影

ある日の夜、Sさんが日課である愛犬の散歩をしていた時のこと。月の明るい晩で、道沿いの電柱の影が伸びているのがはっきり見えた。Sさんがある地点まで差し掛かったとき、足元に伸びる電柱の影がにゅっと動いた。隣の電柱の影はそのままなので、光源が動…

四十六/ 素振り

現在剣道の師範をしているHさんは学生時代も剣道部に所属していて、寝る前の木刀の素振りは日課だった。 その学生時代のある夜、庭で素振りをしているとどうもいつもと勝手が違う。なぜだろう、と思いながら続けているとすぐにわかった。木刀が空を切る音が…

四十五/ 閉切り

Yさんの実家は地域でも有数の旧家であって、古くは名主をしていたという。そのため、今でも土地の祭りのある儀式は必ずY家で行われるという。 その儀式というのは、その年の当番がY家の離れで一晩過ごす、というものらしい。ただ漫然と一晩過ごせばいいと…

四十四/ 海水浴客

Kさんが学生の頃、友人数人と泊りがけで海水浴に行ったことがあった。最後の晩に花火をすることになり、皆で砂浜に繰り出した。夜の砂浜は他に人影もなく、思う様はしゃぎまわることができた。帰ってから数日後、撮影役をしていた友人から連絡があった。撮…

四十三/ 蚊

ある夏の夜のこと。Iさんは右腕に蚊が一匹とまったのを見て、グッと腕に力を入れて口が抜けないようにした。見る見るうちに蚊の腹部が膨れてきたので、頃合と思い左の手のひらを叩きつけた。その瞬間、予想もしなかった水音が響き、左手のひらと右腕の間か…

四十二/ 木造校舎 その五(56/100)

こういうこともあった。ある日、休み時間があと一分間くらいになった時にTさんは教室に戻ってきた。教室の引き戸の位置からは廊下にある流しが見える。その時、Tさんの学級のAという児童がそこで水を飲んでいるのが見えた。Aは坊主頭の子供で、他の子と…