五十九/ 渋滞

Eさんは車を運転中、運悪く渋滞に捕まってしまった。歩いた方が速いくらいのスピードでしばらく進んでゆくと、行く手にある交差点の少し手前、片側の車線をボンネットのひしゃげた自動車が塞いでしまっている。どうやら交通事故が渋滞の原因のようだった。更に向こうにはパトカーが停まっていて、警察官の姿も見え隠れしている。事故車は前部のダメージが酷く、乗っていた人もただでは済まなかったのではないかと思われた。
だんだん事故車に近づいてゆくにつれ、その中に誰かがいるのが見えた。最初は警察官が検証のために乗り込んでいるのかとも思ったが、より近づくにつれ、そうではなさそうなことがわかった。割れてほとんど無くなっているフロントガラスの内側、人影は運転席と助手席に一人ずつ座っている。運転席は男性、助手席は女性で、男性のほうはハンドルを握ってまっすぐ前を見ている。女性はやはり前を向いて、時折運転席の男性に話しかける素振りをする。事故を調査している警察官にはとても見えない。周りにいる警察官も彼らのことを気にする素振りはない。一体どういうことなのか、さっぱりわからなかった。
Eさんが事故車から数メートルのあたりまで近づいたとき、レッカー車が到着して事故車を牽引していった。牽引されてゆく最中も事故車の中の二人はそのままで、レッカー車を気にする様子すら全くない。そもそも事故車に人を乗せたまま牽引してゆくことなどあるのだろうか。
遠ざかってゆくその姿を眺めながら、初めてEさんは背筋がゾクッとしたという。