百物語

血豆がたり(70/100)

部屋を出ようとした時、足の小指を柱の角にぶつけた。強くぶつけたせいで余りの痛みに数秒間悶絶する。何とか一息ついたものの、ぶつけた小指は付け根あたりから感覚がない。靴下を脱いでみると、小指の先が暗い紫色に変色していた。血豆ができている。 血豆…

坊主鬼(67/100)

合宿最終日の夜は、毎年恒例の怪談大会である。俺はこの時のためについさっき五分で考えた話を披露した。 「この寺には古い言い伝えがあってな。昔、近在で人を襲っていた悪鬼をこの寺の高僧が封じ込めたという。だがその鬼を封じたという大岩が、工事のため…

海鳴り (66/100)

船乗りだった彼女の夫が、海難事故で亡くなった。彼女は、葬儀が済んでもお骨を手元から離そうとはしなかった。部屋の一隅に設けた簡素な祭壇に、遺影と並べていつまでも骨壷を置いておく。納める墓地に困っているわけではないのに、いつまでも手元に置いて…

猫の葬式 (65/100)

秩父の山中に猫風呂という集落があった。あった、というのは既に無人の廃村だからである。過疎化によって廃村が決まり、昭和六十年を以て全住民が他所へと移って以来、滅多に訪れる人もなかったようである。 しかし最近この村に人が住んでいるのではないか、…

山田いじめ (62/100)

山田が学校の用具室で首を吊った。学校関係者も警察もマスコミも、イジメが原因だろうかと当初は色めきたったが、調べても一向にその気配が見つからない。遺書も無かったので結局彼がなぜ自殺したのかは不明のままで、恐らく勉強か人間関係あたりの悩みでノ…

―――の電話(60/100)

電話が鳴った。 「私、―――さん。今おうちを出たところ」 すぐ切れた。悪戯電話だろう、と思った。またすぐに鳴った。 「私、―――さん。今、川を渡ったところ」 ひやりとした。そんなはずはないのに。また鳴った。 「私、―――さん。今、あなたのおうちの前にい…

四十二/ 木造校舎 その五(56/100)

こういうこともあった。ある日、休み時間があと一分間くらいになった時にTさんは教室に戻ってきた。教室の引き戸の位置からは廊下にある流しが見える。その時、Tさんの学級のAという児童がそこで水を飲んでいるのが見えた。Aは坊主頭の子供で、他の子と…

四十一/ 木造校舎 その四(55/100)

また、こんなこともあったという。授業中、教室のすぐ外の廊下を歩く音がする。前述のように、この校舎の床板は誰かが歩くとギシギシ音を立てる。平素から校長先生や用務員さんなどが授業中も廊下を通り過ぎていくことはあったので、それだけなら別段気にも…

四十/ 木造校舎 その三(54/100)

夏休みが明けてから少しして、研究授業があった。Tさんも、自分の学級の授業を教育委員会の役員や近隣の学校から来た教員に見せることがあった。その時、授業中の光景を後のレポートの資料として使いたかったので、偶々手が空いていた教頭先生に依頼して何…

三十九/ 木造校舎 その二(53/100)

その少し後。 Tさんが掲示物を作るため、担任する教室で夜遅くまで作業していた時のことである。やっと出来上がった時はすっかり夜も更け、同僚もみな退勤していた。 (すっかり遅くなってしまったな) そう思って窓の外をぼんやり眺めていたが、どうも落ち…

三十八/ 木造校舎 その一(52/100)

Tさんが十五年前に教師として初めて赴任した小学校の校舎は、当時既に築五十年近い木造校舎だった。窓や戸は枠が歪んで開け閉めすると大きな音が鳴る。外壁に至っては何箇所も朽ちている始末。歩くとギシギシ鳴る床は板が歪んで隙間が目立つだけでなく、子…

三十七/ 繁盛している美容院(50/100)

Hさんがその美容院に行ったのはその日が初めてだったのだが、入った瞬間「あ、何かおかしい」と感じたという。 それはともかく髪を切ってもらっていると、向かった鏡越しに店内にいる人が見える。この店は結構繁盛しているようで、人の出入りが多い。しかし…

三十六/ 盆の寒天(49/100)

私の父の話。父の好物のひとつは寒天なのだが、ここ数年口にしていなかった。それをふと八月の頭ごろに思い出して「寒天食べたいなあ、砂糖入れただけの単純なやつ」と思ったらしいのだが、特にそれを誰に言うこともせず、自分で作って食べることもしなかっ…

伝言(43/100)

一週目 ほんとにねえ、あの娘が可哀想でねえ。明日には町を出ていくんだとさ。ジョニーの親のいやがらせのせいに決まってるんだよ。身分が違うとか何とか言ってるけど、あの家だって只の成り上がり者に過ぎないんだ。流れ者と息子を一緒にするわけにはいかん…

三十五/ 幽霊アパート(37/100)

Aさんが学生のときの話。 アルバイト先で知り合った他大学の学生の下宿している部屋に幽霊が出るというので、面白がってアルバイト仲間三人でそのアパートに遊びに行った。出ると言っても何かが見えるということではないらしく、夜中に変な音が聞こえる程度…

三十四/ 披露宴のビデオ(36/100)

Kさんは三年前までの十年間、ビデオ制作会社に勤務していた。その仕事の中でひとつだけ、どうしても不可解なビデオがあったという。どう不可解かというと、見るたびに音声が変わったらしい。 それは結婚披露宴の様子を映したビデオだったという。途中までは…

三十三/ 背後(29/100)

Sさんは高校生のとき、吹奏楽部に所属していた。 ある日の合奏中のこと。パシーン!という大きな音がして、指揮者が頭を押さえた。定規か何かで勢いよく叩いたような音だったという。指揮者は不思議そうに後ろを振り向くが、何も変わったところはない。皆は…

三十二/ 水滴(28/100)

Mさんが出張でロンドンへ行ったときのこと。予約してあったはずの宿に行くと、手違いで部屋が取れていなかった。どうも予約が一杯らしく、代わりの部屋を用意しろと言っても首を横に振る。Mさんは疲れていて早く休みたかったこともあり、いささか強硬に主…

三十一/ あっ、ごめん(10/100話)

Tさんという女性の話。 その晩彼女は寝苦しさにふと目を醒ました。寝返りを打とうとしたとき、目の前に鏡がある、と思った。何しろ目の前に自分自身の顔があるのだ。自分と向かい合って横になっている。しかし鏡にしてはおかしい。Tさん自身は目を醒まして…

三十/ 百合の匂い(9/100話)

Uさんは子供の頃から同じ夢を何度も見ていたという。見ていたと言うと語弊がある。何しろ目覚めた時には内容はすっかり忘れているらしい。ただ、必ず百合のような強い花の匂いだけが鮮明に印象に残っているという。 彼女が二十歳になって少ししたある日、い…