四十六/ 素振り

現在剣道の師範をしているHさんは学生時代も剣道部に所属していて、寝る前の木刀の素振りは日課だった。
その学生時代のある夜、庭で素振りをしているとどうもいつもと勝手が違う。
なぜだろう、と思いながら続けているとすぐにわかった。
木刀が空を切る音がしない。
普段はヒュッヒュッと音がするのに、その日に限ってはそれがない。
体調も普段通りで振り方が普段と違っているというわけでもない。
妙に手応えがないので不審に思いながら続けていると、いきなり近くで咳払いが聞こえた。
手を止めて見回したが誰もいない。
すぐ近くから聞こえていたはずなのに人影は全く見えなかった。
素振りを再開する。
ゴホッゴホッ。
素振りを止めると咳も止まる。
怖くはないがやりにくい。
仕方なしに木刀を置いて、試しに竹刀に持ち替えてみた。
ヒュンッ。
今度は風切り音が聞こえて、咳払いが聞こえることもない。
得たりとHさんはそのまま素振りを続けた。
それ以来、素振りは竹刀でするようにしているという。