六十四/ 手拭

Kさんが中学二年生の夏休みに、親戚の寺に遊びに行ったときの話。
夕方、外の回廊に面した座敷で一人で宿題をやっていた。
森に囲まれているため、蝉の声が喧しかったが、宿題に集中するにつれそれも気にならなくなった。
しばらくしてふと集中力が途切れた瞬間、先程まであんなに喧しかった蝉の声が途切れていることに気がついた。
あるいは蝉の声が止んだので気が逸れたのかもしれない。
夏にしては妙に静かな夕暮れで、少し不自然なくらいに感じたという。
折角だから一休みして麦茶でも貰ってこようかと、腰を浮かそうとして、足が痺れてまったく動かなくなっていることに気がついた。痺れているといっても、あの電気が流れるような感覚はなく、まるで腿から先が石にでもなってしまったように自由にならない。
突然のことにうろたえていると、Kさんのすぐ目の前、開いた襖の外の廊下を歩いていったものがあった。
それは、ごくありふれたような手拭だったという。
二枚の手拭がまっすぐ立って交互に前に出る。まるで人の足のような動きである。さらに、二枚の手拭は上の端で絡まっていて、その上に西瓜くらいの大きさの真黒い球が載っていた。
手拭はするすると音もなく、Kさんの目の前を右から左へ去っていった。それが視界から消えてすぐ、Kさんの足は元通り動くようになった。
すっかり肝をつぶしたKさんはすぐに居間へ駆け込むと、住職である伯父にたった今見たものを語ったが、伯父はそんなものは今まで見たことがないと言ってあまり信じてはくれなかった。


さらに翌年のこと。
その夏はKさんはその寺には行かなかったのだが、盆も過ぎた頃、伯父から電話があった。
同じものを見たということだった。
それからというもの、毎年誰かはその時期にそれを見るようになったという。誰が見ても、ただ目の前を横切っていくだけらしい。