Rさんがコンビニエンスストアのアルバイトに出勤した日のこと。
夜勤で夕方に店に行くと、駐車場の隅に男が六、七人ほど集まっている。照明に照らされたその風体が異様で、どれも泥や土埃でまだらに汚れた和服を着ている。服だけでなく顔も薄汚れているし、髪もボサボサに乱れている者ばかりだ。
ホームレスにしては和服を着ているのが腑に落ちないし、流石に汚れすぎている。
時代劇から出てきたような風体からして、映画か何かの撮影だろうか。それにしては機材を持った人がいないようだが、出演者だけが休憩しているのかもしれない。
それを横目に見ながら店に入り、仕事中の店長に尋ねた。あの着物の人たち、何です?
ところが店長はそんな人たちは知らないと言う。あの人たちですって、とRさんが駐車場を指さそうとしたときには彼らの姿はなかった。
何だったんだろうなと思いつつ仕事を始めたRさんだったが、それからすぐ弁当を買いにくるお客さんで忙しくなり、奇妙な男たちのことは頭から追いやられた。
夜九時頃に仕事も一段落して店長はバックヤードで休憩、Rさん一人でレジに立っていた。店内にお客さんの姿はなく、あとはもうのんびりできるかなと思ったところで出勤したときのことを思い出した。
そういえば変な人たちいたなと思って何気なく駐車場のほうに目を向けると、照明に照らされて数人の人影が見えた。土色の和服を着ている。
またいた!
バックヤードの店長に向かってまたいました、あの人たちです、と声を掛けると店長は怪訝な顔で出てきた。
しかし駐車場を見るなり顔色を変え、何だあれ、ちょっと声かけてくるわと言って出ていった。
Rさんが店内からガラス越しに眺めていると、店長はまっすぐ彼らのところに向かっていく。
店長はしばし彼らと何か話していたようだが、そのうちに動きがあった。
男たちが彼らのうちのひとりを胴上げし始めたのだ。どういうわけか、店長もそれに加わっている。
何かめでたいことでもあって、店長もそれを祝っているのか?
胴上げが終わると店長はそのまま店内に引き返してきた。
なんで胴上げしてたんすか、とRさんが尋ねたものの、店長は曖昧に言葉を濁して教えてくれない。
そして。
なぜかその時Rさんには、店長の顔が別人のように見えたという。どこがどう変わったとははっきり言えないので、別に変わったわけではないかもしれないのだが――。
とにかく店長が前からこんな顔だったようには思えなかったのだという。
店長はバックヤードにまた入っていくと、その夜は一度も出てこなかった。
駐車場の男たちはまたいつのまにかいなくなっていた。
脚上げ
Mさんが大学生だったある日、友人の部屋に三人で集まって過ごしていた。
するとベッドに腹ばいになってスマホを眺めていた友人がちょっとやめてよ、と言いだした。
Mさんともうひとりがそちらに目を向けると友人が脚を上げている。
何よ、ちょっと、と言いながら、友人は腹ばいになったままの体勢で脚だけを天井に向けて高く持ち上げているので、背中が弓なりに曲がっている。
まるでシャチホコだ。よくこんなポーズとれるな。
何してるの? ヨガ?
Mさんが問いかけると、友人は違うわよ! と怒鳴る。必死な顔だ。
誰が脚掴んでるの!? やめてよ!
友人はそう叫ぶが、Mさんたちの目には脚を掴んでいる者などいない。自分で脚を上げてふざけているにしては、表情が険しい。
そうしている間にも、脚は次第に上がっていく。脚が天井へとまっすぐ向いて吊り上げられるくらいになってきて、見ているMさんたちにも事態が飲み込めてきた。
こんなポーズ一人ではできない。何か変だ。
慌てて二人がかりで脚に取り付き、体重を掛けて下ろそうとするが、何か大きな力で上に吊り上げられているようで、びくともしない。
それこそ見えない何かが上から友人の足首を掴んで、ものすごい力で上に引っ張っているかのようだ。
友人はほとんど逆さ吊りのような体勢になって、涙ぐんでいる。
とにかくこのまま上に引き上げられるとまずい気がする。Mさんたちは全力で友人の脚を押さえた。
するとぷつりと糸が切れるように吊り上げる力が消えて、友人を力一杯ベッドに叩きつける形になってしまった。三人でベッドの上に倒れ込み、Mさんは体勢を崩してベッドから落ちた。
友人は肩を痛めてそれから一週間ほど湿布を貼っていた。
一体何が起きていたのか三人ともさっぱりわからなかったが、友人はその部屋に一人で過ごすのが怖くなって、少ししてから引越してしまった。
口論
友人が転職を機に引越すというのでFさんも手伝いに行った。
家具は引越し業者に運んでもらったので、段ボール箱三つを車に積んで新居のマンションに向かった。
荷解きを手伝い、謝礼に一升瓶二本もらってその日は帰った。
十日ほどしてまたその友人の新居を訪ねたときのこと。
部屋に入ると、引越し当日とは家具の配置が変わっていた。リビングに入って右の壁際に置いてあったオーディオ機器とテレビが反対側の壁に移動している。
右壁際に他の何かを置いたりしていないので、右側だけがなんだが殺風景になってしまって、左側は反対に雑然としてしまっている。
どうしてこんな配置にしたのか尋ねると、友人はスマホで動画サイトを開いて見せた。友人が撮った動画を投稿したのだという。
動画はその部屋の風景だった。壁際のオーディオ機器が映っている。移動させる前に撮ったものらしい。
部屋の風景には変化がないが、入っている音声がなにやら穏やかではない。
誰かが言い争っているような声が聞こえる。女の声だ。
何を言っているか明瞭ではないが、口調から激しく口論している様子が窺える。
動画はオーディオ機材の後ろに回り、コンセントプラグが抜けているところを映して終わった。
なにこれ? とFさんが訊くと、友人は見ての通りだよと言う。動画に入っている通りの声が、壁際に置いてあったスピーカーから突然聞こえてきたのだという。
配線がアンテナの役割をしてスピーカーから勝手にラジオ放送が流れ出す現象がある。
そういう話を聞いたことがあったので、友人はコンセントプラグを抜き、配線を外してみたものの、一向に声は止まない。
位置を変えてみたところ、反対側の壁に寄せたところで声が聞こえなくなったので、そのままそちらに置いてあるのだという。
今でもそっちに戻せば聞こえるのかな? Fさんがそう言うと友人はやってみれば、と言う。
そこでFさんはスピーカーをひとつ抱え上げて、元あったほうへ運ぼうと足を踏み出した。
「やめろ!」
大きな声がした。抱えたスピーカーから。
ビクッとして足を止めたFさんは友人と顔を見合わせた。
やめろってさ。友人が硬い表情で言う。
そうする。Fさんは頷いてすぐにスピーカーを置いた。
友人はすぐに投稿した動画を消し、一応半年我慢して住んだ後でその部屋から引越したという。
歪む姿見
Cさんが大学進学のために引越したアパートの部屋には、壁に姿見が掛けられていた。前の住人が置いていったものだという。
鏡は洗面所のもので十分だと思っていたCさんだったが、せっかくなので便利に使わせてもらうことにした。
しばらくして大学で同期の女の子と付き合い出したCさんは、彼女を部屋に招いた。
部屋に入ったときから彼女が落ち着かなくなった。ねえCくん、この鏡なんか変。
変と言われてもいつも通りの姿見で、特に変わったところはない。
そう答えると彼女は目を逸らして姿見から離れた窓際に腰を下ろした。
それからしばらく二人で話していると、急に彼女が立ち上がってCさんの腕を取る。ちょっといいから来て。
硬い表情の彼女に戸惑いつつもCさんは従って二人で外に出た。
やっぱりあの鏡おかしいよ。真剣な顔をして彼女は言う。
話の最中にCさん越しに見える姿見が、呼吸をしているかのように規則的に膨らんでいた。
膨らむその鏡に、部屋の光景が歪んで映る。その様子が気持ち悪くて、たまらず部屋を出てきたのだという。
部屋に入ったときにも、姿見に映る彼女の姿だけが歪んで映って見えていたという。
背景やCさんは普通に映っていたのに彼女の姿だけが奇妙に引き伸ばされるように歪んでいたのがどうにもおかしい。
結局その日はそのまま彼女は帰ってしまった。部屋に戻ってみるとやはり姿見に変わったところはない。
彼女が怖がるので訪ねてくるときだけ姿見に布をかけるようにしたCさんだったが、半年ほどでその彼女とは別れてしまった。
姿見は大学を卒業してその部屋を離れるまでずっと使ったが、Cさん自身に特に変わったことは起きなかったという。
チェックのシャツ
Hさんが電車に乗っていたときのこと。
座席に座っているHさんの目の前に、こちらに背を向けて立っている乗客がいる。チェックのシャツを着た男性だ。
ふと視線を上げたところで、視界の中でそのチェック柄のシャツだけが変にぼやけたように見えて二度見した。
目の錯覚だろうかと思ってしげしげと眺めてみたが、やはりチェック柄がつくる多数の小さな四角形ひとつひとつに灰色のぼんやりした点が浮かび上がっている。
そういう模様にしては、むずむずと波打つように動いているようにも見える。
そのまま凝視していると、次第にそれら灰色の点は焦点が合うようにはっきりした像を結んだ。
漢字だ。チェック柄を原稿用紙のマス目のようにして、シャツの上に漢字が並んでいる。文章の意味はわからない。
なんであんなものが見えるんだろう、と目を細めてよく見ようとしたところで電車が急ブレーキをかけて、車内の乗客が一斉に体勢を崩した。
人身事故とのことだった。
視線を戻すと、先程のチェックのシャツからは漢字が跡形もなく消えていた。
あれはもしかしたら、お経だったのじゃないかと思うんですけどね。Hさんはそう結んだ。
歯科武者
Eさんが歯医者で親不知を抜いてもらったときのこと。
歯を抜くときには目隠しに布をかけられた。その視界が遮られる間際、視界の端に見慣れないものが入った。
甲冑を身につけた、大きな五月人形のようなもの。それが診察室の隅にちらりと見えたような気がする。
あんなものがあっただろうかと疑問に思いながらも、口を開けて抜歯が終わるまでひたすら耐えた。
目隠しが取られて上体を起こし、傍らの紙コップで口をゆすいで一息ついたところで、またあの五月人形が目に入った。
人形ではなかった。生身の人間が鎧兜を身に着けて診察室の壁際に立っている。
明らかに場違いである。スタッフにも患者にも見えない。
ゴテゴテした甲冑は衛生的にも問題だろう。
それだというのに歯科医も他のスタッフも、まるで気に留める様子もなく室内を行き来している。
診察室にはもうひとり、診察用椅子に座った高齢の患者がいたが、彼も同じく鎧武者のほうを凝視していた。見えているのは自分ひとりではない。
そこで歯科医がEさんのところに戻ってきた。
術後の注意点や今後の治療計画を聞いてその日の診療は終わりになったので、椅子から立ち上がったときには鎧武者の姿はなかった。
あんな鎧を身に着けていたら動くだけでガチャガチャ音がするはずなのに、全くそんな気配はなかった。いつの間に姿を消したのか。
痛み止めと化膿止めの薬を貰って帰宅する途中、麻酔のせいで変なものを見たのだろうかと考えた。それだともうひとりの患者も同じあたりを凝視していたことに説明がつかないのだが。
二週間後に同じ歯科医でもう一本親不知を抜いたときには、変なものは見なかったという。
壊れた自販機
勝浦で民宿を営業しているGさんの話。
Gさんの民宿から百メートルほど歩いたところに古い自動販売機が立っている。
もう長い間放置されており、ところどころ塗装が剥がれて錆が浮いている。当然電源も入っていない。
ところがどういうわけか、民宿に泊まったお客さんの中には時折、この自販機が作動しているのを見る人がいるらしい。
日が暮れた後に外出して、そこを通りかかると自販機の灯りが見える。ちょうどいいと思って飲み物を買う。
するとその後、何か奇妙な体験をするという。ところが何があったか具体的なことを尋ねると、みな言葉を濁す。
とにかく何か変なことはあったらしい。
何か事件でもあったのかと思って、警察に通報しましょうかとGさんが言うとお客さんはそういうのじゃないから、と首を振る。
そんなことが何度かあったので、Gさんは宿泊客にすぐそこの自販機は壊れているから使わないように、と注意するようになった。
それでも言うことを聞かずにその自販機を使って、やはり青い顔をして戻って来るお客さんは今でも時々いるという。
撤去しようにも、自販機が置かれている土地の所有者とは連絡がつかないのでそのままになっているとのことである。