高校生の時に合唱部に所属していた人の話。
全体で合わせる練習のとき、どこからか別の声が混じって聞こえる気がした。
合唱の声が上手く響き合うと、倍音が共鳴してまるで上から別の人が唄っているような声が聞こえてくることがある。
このときもそれかと思いながら唄っていたが、聞いているうちにどうもそういうことではないとわかった。本当に誰か別の声が聞こえる。
見回してみると、練習に使っている講堂の入口に誰かいる。小学生くらいの男の子だ。口を大きく開けて叫んでいる。
初めて見る顔だ。どこの子だろうか。
勝手に歌に混じってきているのかとも思ったが、どうもそんな様子ではなく、こちらに呼びかけているようだ。
部員たちもそれに気付いて、彼の言葉を聞こうとしてひとりふたりと歌を止めた。
唄う声が減るとようやく彼の言葉がわかった。
「こっち来てー! 助けてー!」
どういうことだ、何かあったのか。話を聞きたくて近づこうとしたが、彼は身を翻して走っていく。
後を追って走ると、男の子は理科準備室へと駆け込んだ。続いて理科準備室を覗き込むと、白衣の人が倒れている。
化学の先生だ。意識がない。
救急車を呼んだ。
脳卒中で、危ういところで一命をとりとめたという。
ところで合唱部を呼びに来たあの男の子は、理科準備室に入ったところから姿が見えなかった。
それどころか合唱部以外にあの子の姿を見た者が校内に誰もいない。
放課後のことで校内には生徒や先生たちもいたが、彼らは理科準備室に合唱部員たちが走っていく姿は見ていても、走っていく男の子は見ていないということだった。