あの色

Rさんの祖父は漁師だったが、六十六歳のときに引退した。
七十代でも現役の漁師は珍しくない。祖父も体力的にはまだまだ続けられるだろうと周囲から惜しまれたが、もう潮時だと言って譲らなかった。
それから一月くらい後のこと、祖父は自分の子供たちや孫を呼び寄せ、昔話や漁の経験を語って聞かせた。
改まって思い出話をするなんて、まるで今生の別れみたいじゃない、どうしたの。祖父の娘である叔母がそう尋ねると、祖父は頷いて言う。
俺はもう長くないから、話せるうちに話しておくんだ。よく聞いておいてくれ。
その言葉に一同はぎょっとした。何か悪い病気が見つかったのかと心配した。
しかしそういう訳ではないという。健康診断の結果も大して悪くない。
じゃあなんで長くないなんて言うの、という問いかけに、祖父はぽつりと言う。夕焼けを見たんだ。あの色だ。
あの色?

 

祖父の話によると、かつて祖父は幼い頃、やはり漁師だった祖父の祖父、つまりRさんの高祖父と一緒に船で何度か海に出たことがあった。
するとある日、海の上で高祖父と一緒に見た夕焼けがそれまで見たことがないような色だった。
それはそれは鮮やかな緑色だったという。
それを境に高祖父は日に日に衰え、たくましい漁師の体がしぼむように縮んで、半年もしないうちに亡くなった。
そのときの夕焼けと同じ、あの緑色の夕焼けを最近になって祖父は見たという。
だから俺にはもうすぐお迎えが来るんだ。そう断言した。

 


話を聞いても一同は半信半疑だった。他に誰もその緑色の夕焼けを見ていないのだ。
それからも祖父は話の中の高祖父のようにしぼんでいったりはしなかった。
ところが夕焼けの話をした二ヶ月ほど後の朝、祖父は布団の中で冷たくなっていた。急性心不全とのことだった。

 

あれ以来夕焼けの色が何となく気になるようになったが、まだ緑色の夕焼けは見たことがない、とRさんは語った。