kidan

瞼の裏

ある夜、大学生のRさんはベッドに横になり瞼を閉じたところで、妙なものが見えることに気付いた。瞼を閉じるといつも、暗い中に大小の曖昧な点や図形が無数に現れては消えていくのが見える。ところがこのときはそうした無数の明滅の隙間に、人の顔が見えた。…

指先の埃

Mさんが自宅で仕事中のこと。パソコンに向かってずっと作業をしていたが、肩こりがひどい。同じ姿勢で画面を見つめ続けているから目と肩がつらい。一時間に一度くらいは立ちあがって体を動かすようにはしているのだが、それでも締め付けるような痛みが消えな…

本家の蔵

Nさんの実家の近所には祖父の実家があり、Nさんの家族は本家と呼んでいた。Nさんの両親は共働きで、祖父母も早くに亡くなったので、日中は家に人がいなくなる。そのため、Nさんは小学生の頃は学校から自宅に直接帰らず本家に行き、両親の仕事が終わるまで面…

バニラ香

二年ほど前、高校の教室でのこと。午前の休み時間、ふっと甘い匂いが漂うのを教室にいたほとんどの生徒が感じた。バニラのような甘い香りだ。誰かがお菓子を食べている程度では、教室じゅうに匂いが充満するのは考えにくいし、誰もそれらしきものを持ってい…

変な獣

栃木でスーパーに勤めるHさんの話。夜十一時頃、友人のEからSNSを通じてメッセージが来た。 今変な獣ひいたんだがw 続けて写真が貼られていたが、開いても真っ暗で何が写っているか全くわからない。 なんぞこれw そう返信したが、それ以上Eからの返事はなか…

影車

Fさんが中学生の長男を塾に迎えに行った帰り道のこと。いつも通る道を車で走っていると、脇の住宅の陰から黒いものがぬっとはみ出してきた。車が出てくるのかと思って減速したところ、黒いものはそのままゆっくりと路上に出てきた。夜だというのにライトを点…

丸石

Eさんは大学三年生の秋に研究室の人間関係トラブルで精神的に追い詰められ、それが原因で体調を崩して休学し、茨城の実家に帰った。何をする気力も湧かず、地元の友人に会う気にもならず、家でゴロゴロするかせいぜい近所を散歩するかという起伏のない日々を…

愚痴

空調整備の会社で働くRさんの話。事務所で書類仕事をしていたが、急にまぶたが重く感じられてきた。眠い。睡眠不足というわけでもないのに、目を開けていられない。どういうことだろう。眠気覚ましに立ち上がってお茶でも飲もうかと思ったのだが、立ち上がる…

味噌汁

Uさんが大学生のときに母親が癌で亡くなった。二年ほどの闘病の結果なので覚悟はしていたが、いざそうなってみるとやはりショックが大きい。葬儀が終わり、遺骨をお墓に納めて、ようやく大学生活に戻ったUさんだったが、どうも以前のような調子が出ない。勉…

年越し当番

Nさんの家の近くに小さな神社がある。地域で大事にされているお社で、年に何度か行事がある。そのひとつが年越しで、当番になった三人がお社の前で火を焚いて夜通し番をする。Nさんもある年の年越し当番のひとりになった。夜十一時頃に社殿の前で火を焚きは…

白いワンピース

Rさんの娘が小学生の頃のこと。小学校への通学路の途中に、一軒の空き家があった。人が住まないまま何年も放ったらかしになっているようで、壁や屋根が一部破れているのが道から見てもわかる。どんなタイミングで更に崩れるかわかったものではない。実際、台…

金閣

看護師のRさんの話。新人だった頃、先輩看護師と一緒に廊下を歩いていたときのことである。廊下の窓からは中庭の向こう側にもうひとつの病棟が見える。その向こうの病棟の二階が、なぜか眩しい。窓越しに見える屋内が金色をしている。一面に金箔を貼ったよう…

雨上がり穴

日曜の午後、Nさんが四歳の息子と一緒に近所を散歩していたときのことだという。昼過ぎまで雨が降っていたので道路にはところどころ水溜りができており、長靴を履いた息子は水溜りに踏み込んでは水しぶきを上げて喜んでいた。これは帰る頃には泥だらけになり…

相槌

深夜、Kさんは誰かの声で目を覚ました。隣で寝ている妻がボソボソと何か喋っている。なんだ寝言か、と苦笑してまた目を閉じたが、妻の言葉はだんだんはっきりしてきた。――そうなの。へえ、大変だったねえ。うん。うんうん。そうよねえ。夢で誰かと話している…

除夜

2008年末、除夜のことだという。当時大学生だったKさんは、実家の自室でベッドに横になりながら漫画を読んでいた。そのうちにうとうとしてきたが、このまま眠ればおそらく朝まで起きないだろう。せっかくだから日付が変わるまで起きていようかな、と迷いなが…

川面

宅配業者のWさんの話。担当する地域に川があり、短い橋がかかっている。配達の途中で何度もそこを通るのだが、橋の上から脇を見ると時々川べりに女の子が座っていることがあった。ちょうどこの橋の先が交差点で、信号待ちでよくこの橋の上で停まるので、その…

祖父の手

埼玉に住むUさんが小学五年生のときだったという。学校から帰る途中、後ろから名前を呼ばれた。声の方を見ると向こうから祖父が手を振りながらやってくる。祖父は父の出身地である静岡に住んでいる。訪ねてくるという話は聞いていなかったが、家に来るところ…

先生の公園

Mさんが高校生の頃まで暮らしていた団地の一角に公園があり、子供たちから「先生の公園」と呼ばれていた。暗くなってから一人でこの公園に残っていると、先生が現れて早く帰るように促してくる。従わないと追いかけてくるという。小学校低学年の頃にMさんが…

帰りたい

Mさんが一人暮らしをしていた頃、自宅のアパートの近くにある居酒屋によく行っていた。ある夜も仕事帰りに少し飲みたくなって、ひとりでその店の暖簾をくぐった。カウンター席に座り、瓶ビールとお通しが目の前に並んだところでなぜか、急に帰りたくなった。…

獅子

Nさんの実家の近くの神社に一対の獅子がある。鳥居の手前、参道の両脇に石造りの獅子が座っている。江戸時代に建てられた神社だから獅子も江戸時代に造られたものだろうか。小学生のころ、Nさんは友達とこの神社の境内で過ごすことが多かった。神職が常駐し…

肩紙

何がきっかけでどういう原因があったのか、全くわからない出来事だったという。Fさんがある朝家を出ると、肩が急に重く感じられた。ダンベルでも肩に乗っているようなはっきりした重さだったが、肩に手をやっても目で見ても何もない。疲れが溜まっているのだ…

百日草

Kさんが毎日通勤する道端に、低い石垣がある。あるときその石垣とアスファルトの隙間に一本ひょろりと草が伸びていた。それは刈り取られもせず伸びていき、やがて花を咲かせた。百日草だった。石垣の家の住人が植えたにしては半端な位置なので、おそらく種が…

テントの中

Uさんが山梨のキャンプ場で一晩過ごしたときのこと。目を覚ますとテント内がうっすら明るい。もう朝かと思ったがそこで異変に気がついた。眼の前に壁がある。寝起きの目を凝らすと自動車のタイヤだ。タイヤだけではなく車体もある。銀色の車体に跳ねた泥が付…

市営プール

Rさんはときどき、運動のために市営プールに泳ぎに行く。ここは屋内プールで一年中利用可能な上、住民割引と回数券割引で安く使えるからRさんも気に入って通っている。安いわりに夏休み中でもなければ大して混雑しないのもよかった。施設内には二十五メート…

黒板

美容師のKさんが以前勤めていた店でのこと。その日最後のお客さんが帰り、店長と二人で後片付けをしているとどうも右肩が痛い。腕を使う仕事だから痛くなるのはしょっちゅうなのだが、このときはいつになく重く感じた。整体にでも行ったほうがいいかな、と右…

猫島

Eさんの出身は岡山の海辺で、海岸からは小島がいくつも見える。その中のひとつが猫島と呼ばれている。地図に書かれている正式な地名ではないのだが、地元ではその名前でも通じる。ところがこの島には猫は一匹もいないらしい。差し渡し百メートル程度の細長い…

黄色

Nさんが中学生のときのことだという。一人でお墓の掃除に行っていた祖母が帰ってきたのだが、様子がおかしい。玄関の上がり框に腰掛けて、ぼんやりしている。少し経ってから祖母が話した経緯はこうだった。お墓に着いたときには他に人の姿はなかった。墓石の…

塀の事故

Fさんの家の近くに少し変わった塀があるという。幹線道路に面した立派な家を囲む、古びたブロック塀なのだが、一角だけが他と様子が違っている。そこだけが真新しい板塀になっているのだ。なぜそこだけ木の板で組まれているのかというと、そこだけ頻繁に車が…

窓手

Sさんは物心ついた頃から、よく窓の外に大きな手を見ていたのだという。家でも別の建物でも、ふと気がつくと近くの窓ガラスに、外から大きな手のひらがぴたりと張り付いている。どのくらい大きいかというと、窓ひとつを覆うくらいに大きい。それを意識し始め…

畦の草刈り

七月の夕方、農家のOさんが田んぼの畦で草刈りをしていた。棒の先に円盤状の刃が付いたタイプの草刈り機で調子良く刈り進めていたところ、田んぼを半周したあたりでエンジンの掛かりが悪くなってきた。燃料は家で入れてきたばかりだし、草が作動部に絡みつい…