獅子

Nさんの実家の近くの神社に一対の獅子がある。鳥居の手前、参道の両脇に石造りの獅子が座っている。
江戸時代に建てられた神社だから獅子も江戸時代に造られたものだろうか。
小学生のころ、Nさんは友達とこの神社の境内で過ごすことが多かった。神職が常駐しているわけでもなく、参拝客の姿も滅多にないので、気兼ねなく遊び場所にしていた。
ある日いつものように友達と神社に行こうとすると、誰かの泣き声が聞こえた。鳥居のあたりだ。
何かあったのかなとNさんたちが駆けつけると、獅子の側で女の子がひとり泣いている。
よく見れば、女の子は獅子に右腕を噛みつかれている。
何だこれ。Nさんは目を疑った。
石を彫って造られた獅子が噛みつくわけがない。元から開いている口に腕を挟むことはできるだろうが、一対の獅子のうち口が開いているものは片方だけだ。
だが口を開いている獅子は参道の反対側にいる。女の子の腕を噛んでいる獅子はもともと口を閉じていたはずだった。どうして石の獅子が人に噛み付いたりできるのだろうか。
Nさんは女の子に、なんでこんなことになったのか聞いてみた。だが何を尋ねても女の子はぽろぽろ涙をこぼし、首を横に振るだけだった。
噛まれている腕を見ると、白い肌に石の歯が固く食い込んで赤くなっている。Nさんたちの力ではどうしようもなさそうだった。
大人を呼んでこよう。Nさんと友達はそう頷き合い、近くの民家で水撒きをしていた顔見知りのおじさんを引っ張ってきた。
しかし獅子のところに戻ってみると静まり返っていて、女の子の姿はどこにもない。獅子は元通り口を閉じていた。
おじさんは子供の悪戯だと思ったようで笑いながら帰っていったが、Nさんと友達はまったく腑に落ちない。
あの女の子はそれまでも見たことのない顔だったが、その後も再び見かけることはなかった。
今でもNさんは、一体何をしでかしたら石の獅子に噛みつかれるような事態になるのだろうかと時々考えるという。