本家の蔵

Nさんの実家の近所には祖父の実家があり、Nさんの家族は本家と呼んでいた。
Nさんの両親は共働きで、祖父母も早くに亡くなったので、日中は家に人がいなくなる。そのため、Nさんは小学生の頃は学校から自宅に直接帰らず本家に行き、両親の仕事が終わるまで面倒を見てもらっていた。
だから放課後に友達がNさんのところに遊びに来るときも、自宅ではなく本家で遊んだ。
本家は江戸時代から続く大きい農家で庭が広く、母屋の他に大きな納屋ともっと大きい木造の蔵があった。納屋と蔵は危ないものや壊れ物が置いてあるから入らないよう普段から言いつけられていたので、友達とは母屋か庭で遊んでいたのだが、そうしていると時々奇妙なことが起きた。友達がいつの間にかひとりいなくなるのだ。
友達が一人だけ来たときは何も起きない。
しかし二人以上の友達が一緒に来ると、遊んでいるうちに一人の姿が見えなくなる。庭や母屋や家の周囲を探してもいない。本家の人に言うと、あそこかなと言って蔵に入っていく。
いなくなった友達は毎度決まって蔵の二階にいた。埃っぽい家財の奥に一人で座り込んで調子っ外れの知らない歌を唄っている。毎回同じ歌だった。
声をかけると初めて自分がどんなところに座っているのか認識するようで、不思議そうに周囲を見回す。本人はずっと母屋の中にいたつもりだという。知らない子に誘われて母屋の奥の座敷に入り、そこで一緒に歌を唄っていたはずだという。
そんなことが何度かあったので、本家の人からもあまり友達をこの家に呼ばないようにと注意された。本家の人にもなぜそんなことが起こるのか見当がつかないという。当時、本家に子供と呼べるような年頃の人間は住んでいなかった。
Nさん自身も本家で知らない子の姿を見たこともなければ奇妙な体験をしたこともない。友達だけが変な目に合っているのが不思議だった。
友達の間でもあそこの家には何か出るぞという話が広がり、小学三年生の頃にはNさんのところに遊びに行こうとする者はいなくなった。


本家の蔵はNさんが大学を出て就職した年に火災で焼け落ちて今はもうない。