バニラ香

二年ほど前、高校の教室でのこと。
午前の休み時間、ふっと甘い匂いが漂うのを教室にいたほとんどの生徒が感じた。
バニラのような甘い香りだ。
誰かがお菓子を食べている程度では、教室じゅうに匂いが充満するのは考えにくいし、誰もそれらしきものを持っていない。
部屋の外から流れてきた匂いかとも思ったが、廊下に出ても、窓を開けても教室の外には同じ匂いは感じられない。
何の匂いだろうね、と話していると、教室にいたある女子生徒がこんなことを言い出した。
この写真から匂いしてる。
その生徒は休み時間に入ってから、スマートフォンで先日撮った写真を眺めていた。そのうちの一コマを開いた途端、教室に甘い匂いが漂いはじめたというのだ。
タイミングがたまたま合っただけじゃないの、と他の生徒が言うので女子生徒はもう一度その写真を開いた。
友達と遊びに行ったショッピングモールの屋内で自撮りしたもので、二人がアップで写っている。画面に不審なものは見当たらない。
教室がざわついた。
確かに、再びバニラの香りが漂ってきたからだ。
画像を閉じると匂いは薄れていく。確かに写真と匂いは連動しているように思える。
何それ、普通じゃなくない? 一人の生徒がそうつぶやいた。
そこでチャイムが鳴り、次の授業になったのでその日はそれきり有耶無耶になった。

 

次の日には、もうその写真を見ても匂いが漂うことはなかったという。