雲上線

三十年近く前、山梨の山間にある中学校でのことだという。
土曜日の午後、グラウンドで野球部とバレーボール部が練習をしていた。
よく晴れた日で、青空に白い雲が点々と浮かんでいる。練習中の部員のひとりが、ふと空を見上げて怪訝な顔をした。近くにいた他の部員たちも釣られて見上げる。
学校の周りは山に囲まれている。その稜線のすぐ上にひとつ雲がある。白くて平たい雲で、他の雲より少し低いところに浮いている。
その雲の上に何かが動いているのが見えた。細長い何かだ。
あれ、電車?
部員の誰かが呟いた。確かにそのように見える。四両ほど連なった列車が雲の上をゆっくりなぞっている。
動くのに従って銀色の車体が太陽の光をきらりと反射した。
なにあれ? 飛んでるの?
グラウンドで練習していた全員が呆気にとられながら見上げる視線の先で、列車は雲の上を横切ってゆく。飛んでいるというよりは、雲の上を走っているという感じだった。
遠いせいか列車のものらしき音は何も聞こえない。
バレー部顧問の先生が職員室に駆け込むと、カメラを持って出てきた。空に向けて慌ててシャッターを切る。
ものの数分で列車は雲の端へと移動し、見えなくなった。


週明けの各教室はこの話で持ち切りだった。
土曜日にグラウンドにいなかった生徒は疑う様子で、雲の上に電車なんているわけない、飛行機を見間違えたんだろうと言う。しかし野球部員とバレー部員は口を揃えて、あれは飛行機なんかじゃなかった、確かに電車だったと語った。
写真を見れば飛行機ではないことがわかるだろうということになったが、バレー部顧問の撮った写真を見ることができた生徒はひとりもいなかった。
よく撮れていなかったのか、それとも他に理由があるのかは定かではないが、顧問に写真について訊ねても曖昧にしか答えてもらえなかったという。