浜の人形

大型の台風が通り過ぎた直後の週末、Mさんは車で海岸まで出かけた。
その少し前にビーチコーミングの記事をネットで読んだMさんは自分もやってみたくなったのである。
ビーチコーミングとは、海岸で漂着物を探すことである。もともとは販売目的で漂着物を拾い集める行為だったというが、現在では観察やコレクション目的でも行う人が増えているという。
台風が過ぎた後は様々なものが浜辺に打ち寄せられる。飾るのに丁度いい流木や貝殻でも拾えるかな、と期待してMさんは砂浜に足を踏み入れた。
案の定大小様々な漂着物が波打ち際に連なっている。そして地元の住民らしき人たちが片付けに動き回っている。
そのすぐ傍で呑気に宝探しをするのも気がひけるので、彼らからは離れて漂着物を物色し始めた。
流木、貝殻、ちぎれた海藻、ペットボトル、漁具、空き缶、割れたガラスや陶器、魚の死骸。
気になったものを携帯で写真を撮りながら歩いていたところ、あるものに目を引かれた。
小さな人形が半分砂に埋もれている。
Mさんは別に人形が好きなわけでもないのだが、気まぐれに傍に落ちていた木の棒でそれを掘り起こした。
するとその女の子らしき人形が案外精巧にできていることに驚いた。
十五センチくらいの大きさながら、髪も眉も人間をそのまま小さくしたようなくらいに細かく植えられている。閉じているまぶたには細かいまつ毛がはっきり見える。棒の先でつついてみると、手足や首に継ぎ目がないのに曲がる。砂まみれではあるが、血の気の引いたような皮膚の色や質感にも生々しさがある。
これは本当に人形なのか。見れば見るほど作り物とは思えない。
生きているようには見えないが、もしかすると本物の小人ではないだろうか?
拾い上げてもっとよく見てみようと手を伸ばしたMさんの目の前で、人形の周囲の砂が突然ボコボコと湧き立った。
驚いて手を少し引いたのと同時に人形は砂に覆い尽くされて見えなくなり、後には何もなかったかのように平らな砂地だけが残った。
棒でいくらそのあたりの砂をかき回しても、あの人形は見つからない。
あの砂の動きはなんだろうか。下に何かの生き物がいたのか。それとも砂自体が動いたのか。
手で掘り起こすことも考えたが、あんな妙な動きをした砂に触れるのも気味が悪かった。
その日は結局何も拾わずにすぐ帰ったという。