ある人が家を買った。郊外の二階建てで庭と物置と駐車場までついている。
高い買い物だったが、それまで家族で暮らしていた古いアパートに比べると住み心地が段違いにいい。
引っ越してしばらくは気持ちよく過ごしていたが、やがておかしなことが起こり始めた。
夜中に家のどこかから砂利を踏むような、あるいは小石を撒き散らすような音がかすかに聞こえてくるのである。
ネズミかコウモリでも住み着いたかと疑い、家の中を屋根裏まで見て回ったものの特にそれらしきものは見当たらない。
しかし音は数日おきに相変わらず続いている。音の出処を探るうちに、何やら壁を伝わって聞こえてくるようにも思えてきた。
どこからだろうか。壁の中にどこか隙間でもあるのか?
間取り図を隅々まで眺めながら考えていると、ようやく不審な点に気がついた。
二階の廊下が間取り図よりわずかに短いのである。
実際に二階廊下の突き当りの壁を軽く叩いてみると、音が響いた。その向こうに空洞があるのは間違いないようだった。
どうやら家が建てられた後に、何らかの理由で廊下の突き当りの壁から少し手前にもう一枚壁を作ったらしい。
壁を追加した理由は定かではないが、あのおかしな音もその空間から出ているのではないか。
早速業者に頼んで、その壁を取り払うことにした。
作業が始まり、一時間ほどして壁に大きな穴が空くと、その向こうを覗いた職人が困惑したような声を上げた。
どうかしたんですか、と尋ねると職人は「ちょっと見てみてください」と言う。
懐中電灯で照らしながら穴の向こうを覗き込むと、狭い床には何やら黒いものが一面に広がっている。
よく見ると、黒いものは小さな無数の貝殻だった。シジミか何かだろうか。生臭いにおいがわずかに鼻をかすめた。
まるで貝塚である。
なんでこんな所にこんなものが?前の住人の仕業か?
そして壁が全て無くなると、貝殻の他にはその空間には特に何もなかったことがわかった。
中から出てきた大量の貝は概ね貝殻のみで、身が入っていた様子はなかった。壁が作られた時からもう貝殻だったのだろう。
他に出入り口や窓もないから、その大量の貝殻を廊下の突き当りに封じ込める形で壁を作ったということらしかった。
何のためなのかは全く見当がつかない。
とりあえず貝殻は全て捨て、壊した壁との境目を処理し、内装を整えて工事は終わった。
因果関係は不明のままながら、それ以来あの謎の音は一切聞こえてこなくなったという。