砂浜の穴

Wさんが六歳の息子を連れて海に行ったときのこと。
海水浴シーズンが終わった後だったので砂浜に人は少なかった。泳ぐつもりはなく、それまで海を見たことがなかった息子に海を見せたかっただけだったので、二人で波打ち際を歩いた。
息子は大はしゃぎで貝殻を拾ったり海水に手を浸して舐めてみたりしていたが、やがてしゃがみ込んで砂を手でかき分け始めた。
何か見つけたの、と尋ねても無言のまま一心に掘っている。
傍で見ていると何やら穴の中に白いものが覗いた。貝殻かと思ったが、もっと細長い何かだ。
息子の小さな手が砂をどけていくうちに、だんだんそれが何なのか見えてきた。
骨だ。
人ではなく、もっと小さな生き物の骨。犬か猫か。
そんなものがどうしてここに埋まっているのかはさておいて、それ以上掘り出すようなものでもない。
なおも掘り続ける息子を止めようとしたが、声を掛けても返事をするどころか視線すら向けてこない。ねえちょっとやめてよ、と肩に手をかけると息子が大声を出した。

「いいからほっとけ!」

確かに息子の口から出た言葉だったが、息子の声ではなかった。野太い、大人の男の声だ。
Wさんは思わず息子から手を離したが、息子はそこでふと手を止めると目の前の穴を覗いて声をあげた。
なにこれ骨? 埋まってたの?
今度は息子のいつもの声だ。
息子はたった今自分が穴を掘っていたことも、大人のような声で叫んだことも覚えていないという。なぜそこを掘っていたのかもわからない。
気味が悪いのでWさんは息子を連れてすぐその場を離れた。
この時二人が履いていたサンダルは、翌日になってからなぜか潮ではなく石油のような臭いを放つようになったので、すぐ捨てたという。