茨城県I市では毎年五月に陸上競技記録会というイベントが開かれる。
市内全ての公立中学校の生徒全員がひとつの中学校に集まり、一日がかりで各種陸上競技の成績を競い合うというものだ。学校対抗の運動会に近い催しである。
ある年の記録会でのこと。
午前中、グラウンドのあちこちで並行して競技が進められる中で、走り幅跳びも測定が始まっていた。
それぞれの校内で幅跳び担当に選ばれた生徒たちが一人ずつ跳んでいき、ある生徒の順番がやってきた。
既に跳んだ生徒、これから跳ぶ生徒、記録係の教師……周囲の視線が彼に集まった。
助走して、力一杯踏み切る。
その勢いのままに彼の体が宙に浮かび、その直後に着地を――しなかった。
足が砂場に着くと思った瞬間、彼の体がふっと消えてしまったのだ。そうとしか見えなかった。
騒然となった。
着地して砂に埋まってしまったわけでもない。砂場の砂は飛び散らなかったから、着地そのものをしなかったようだ。砂場とは別の方向に飛んでいったわけでもない。砂場に着地しないまま、空中で人一人がかき消えるようにいなくなってしまった。少なくとも、見ていた人たちにはそうとしか思えなかったという。
何人かの生徒が砂場を手で掘り返したが、人など出てこない。
周りを見回したが、消えた生徒の姿はない。
しかしその直後、砂場から十メートルほど離れたところにある用具置き場のプレハブ小屋から大きな音が響いた。
内側から誰かが扉を叩いているようだ。用具置き場の扉には外側から施錠されている。使う用具は全部外に出してあって、競技中に生徒が入り込まないようにダイヤル錠が下ろされていた。
しかしその中に誰かがいて、出られないから助けを求めているらしい。早速ダイヤル錠が外されてみると、中から出てきたのは……今しがた走り幅跳び中にいなくなった生徒だった。
幅跳び中に消えたのも奇妙だが、施錠された用具置き場から出てきたのもおかしい。用具置き場の出入り口は施錠された扉ただひとつだ。
本人の話によると、砂場に向かって跳んだと思ったらふっと視界が真っ暗になり、固い床に落ちた。
何も見えずさっぱり状況がわからない。パニックになりながらも周囲を手探りしていると、扉らしきものの隙間から光が漏れているのに気がついた。しかし力を入れても扉が開かないので力一杯叩いて助けを求めたという。
砂場から消えた彼がどうやって用具置き場の中から出てきたのか、本人も含めて誰にも説明できなかった。
そんなことがあったせいかどうか定かではないが、その用具置き場は翌年に別の場所に移されたという。