タンポポ畑

都内に住む主婦のYさんの話。
暖かい春の日の夕方、近所の公園に遊びに行った六歳の娘を迎えに家を出た。
まだ空は明るかったが、色々物騒でもあるし、薄暗くなる前に娘を連れ戻しておこうと考えたのである。
公園までは歩いて五分ほどで着く。まっすぐ行って信号を渡った先の角が公園だ。
信号待ちをしている時にはもう公園の中の娘の姿が見えていた。お気に入りの砂場で脇目も振らず砂山に穴を掘っている。
信号を渡ってからYさんは公園のフェンス越しに娘に声をかけた。
「迎えに来たよ、もう帰ろう」
しかし娘には聞こえていないのか、こちらに目も向けようとしない。声が届かない距離ではないから、聞こえないふりをしているのだろうか。
もう一度声をかけてもやはり反応がないので、仕方なしにYさんは公園の中に入って娘の所まで行くことにした。
公園の入口はそこから右か左に回り込んだ先にある。手間をかけさせてくれるな、と溜息をつきながらYさんは右の方へ歩いていった。
砂場でしゃがみこむ娘の姿を歩きながら見ていたYさんは、ふと娘の周りが何だか華やかな様子なのに気がついた。
砂場の周囲に無数のタンポポが黄色く咲いている。しかもタンポポの生えている範囲が広く、今まで通路の敷石があったはずの辺りまで一面タンポポに覆われている。まるでタンポポ畑だ。
ああやってお花に囲まれてるのを見ると何だかお話の中の女の子みたい、と娘を見ながら微笑んだ。
……でも一体いつの間にあんなにタンポポがびっしり生えたんだろう。前に来た時はあんな感じじゃなかったはずなのに。
そう首を傾げながら公園の門を通ると、ふっと空が暗くなった。
あら、曇った? と見上げてみるとなぜかすっかり日が暮れて星が光っている。
砂場に目をやると娘の姿はない。公園を見回してもどこにもいない。――また後から思い返してみても、この時タンポポがどれだけあったのかはよく覚えていないという。
携帯の表示を見ると、先程自宅を出てから一時間半近くが経過していた。
そんなはずない!! どうして!?
娘はどこに? 一人で帰ったの?
慌てて家に帰ると、施錠されていて家に入れなかった娘が玄関先でべそをかいていた。公園でYさんには全く気付かず、暗くなる前に一人で帰ったと娘は言う。


翌日もう一度公園に行ってみたYさんだったが、タンポポは数えるほどしか生えておらず、砂場の周りを埋め尽くしていたタンポポは影も形もなかったという。