中学生のWさんが一人で埼玉の自宅にいたときのこと。
玄関を叩く音と、ごめんくださいという声がした。
はーいと返事をしながら玄関まで出てみると、ドアの向こうから男の声で「俺だよ、Mだよ」と言う。
MというのはWさんの母の弟で、神奈川に住んでいる。半年以上顔を見ていなかったので、しばらくぶりだと思って迎え入れようとしたが、そこで迷った。
両親が不在だから、自分一人では大したもてなしもできない。来客があると思っていないから、家の中もあまり片付いていない。
自分の判断でこのまま入れていいものか。
今ちょっとお母さんもお父さんもいないんだけど、とドア越しに言うと「それじゃあ中で待ってるよ」という返事がきた。
そういうことなら、とドアを開けようとして、そこでどういうわけか――気が重くなった。
錠に触れようとしていた手を引っ込めて、そのまま上がり框に腰を下ろした。なぜだか理由はわからないが、無性にこのドアを開けたくない。
ドアを開けようと考えただけで嫌な気分になる。
おじさんがドアの外で待っているのだから、早く開けてあげたい気持ちはあるのだが、ドアを開けるという動作そのものが億劫で仕方がない。
眼の前で、外からドアを叩く音がする。
「どうした? 早く開けてー」
おじさんが言う。
そうしてドアを何度も叩く。
何だ。
どうしてそんなに急かすのだろう。こっちは開けたくないのに。
突然やってきてどういうつもりだろう。
「開けろお!」
ドアの向こうの口調がだんだん乱暴になる。
叩く音も強くなる。
これは誰なのだろう。
おじさんがそんなに声を荒らげるところを見たことがない。おじさんはこんな声だっただろうか。
そこにいるのは本当にMおじさんなのだろうか。
どうも怪しいと思えてきたが、誰かに電話で助けを求めるとか、警察に通報するとか、そんなことが思い浮かばない。
ただとにかく気が重かった。
そうしてその場に腰を下ろしたままで。
ドアの外のもう何を言っているのかよく聞き取れない罵声と、ドアを叩き続ける音をぼんやり聞いた。
聞けば聞くほど気が滅入った。
どれほどそうしていただろうか、突然音がぷっつり途絶えた。
次いで錠が回る音がして、ドアが呆気なく開いた。
ただいま。どうしたのこんなところに座って。
姿を見せたのは母だった。
開いた玄関から外の風が僅かに入ってきて、そのせいなのか、先ほどからの重い気持ちは嘘のように消えてしまった。
立ち上がって外を覗いたが、誰の姿もない。Mおじさんも、それ以外の誰かもいない。
母の話では、帰ってきたときにドアの外には誰もいなかったという。
後で母が電話したところ、その日Mおじさんは仕事で、Wさんの家に訪ねてきたりはしていないということだった。
それ以来、Wさんは誰かが訪ねてきたときには返事するより先に外の様子を確認する癖がついた。