霧中電車

Fさんは定年退職後にボランティアで小学生の登校見守り活動に参加している。毎朝通学路の途中の交差点に立ち、集団で学校に向かう小学生を見送るのだ。春先の朝のこと。前夜の雨のせいで霧が濃かった。いつものように交差点に立っていたが、見通しが極めて悪…

吹き流し

公園で盆踊りの会場設営中のことだという。作業をしていた自治会役員のひとりが、ふと声を漏らした。なんか変なの飛んでるな。それを傍で聞いていた人たちも空に目を向けると、確かによくわからないものが浮いている。布?細長いものがひらひらとたなびきな…

五枚の金属片

千葉駅で電車を待っていたときのことだという。プラットフォームの椅子に腰掛けてスマホをいじりながら時間を潰していたところ、ふと視線を手元から外すと足元でキラリと光が反射した。靴のすぐ傍に、親指くらいの大きさの長方形の金属片が五つ、落ちていた…

白い土塀

Fさんが職場から車で帰る途中に、気になる場所があるという。そこには白い土塀が道の脇に続いていて、それが途切れたところに階段が上っていて、その上には古いアパートが建っている。道の混み具合や曲がる方向の都合から、朝に職場へ向かうときにはそこを通…

姉の帰宅

Mさんが中学一年生、弟が小学四年生のときのこと。弟は居間でプラモデルを組み立てていて、Mさんはその脇でテレビを観ていた。両親は留守だった。ふと、弟が言った。兄ちゃん、お姉ちゃんいつ帰ってくる?Mさんはテレビを観ながら応えた。あー、もうそろそろ…

窓の風

十二月のある日、Jさんの自宅アパートの隣家が火事で全焼し、住んでいた高齢の夫婦が亡くなった。火事のときにはJさんは仕事中で自宅におらず、帰宅して初めて隣が焼けたことを知った。もうその時には鎮火済で、Jさんの住むアパートは外壁に煤が付いた程度で…

換気扇の声

Cさんは一時期長風呂をの習慣があった。湯に浸かりながらタブレット端末でSNSや動画サイトを流し見て、そのまま一時間近く過ごすことが多かった。そんなある夜、浴槽の蓋にタブレットを置いて動画を見ていると、時折音声が乱れる。「なあ、おい」そんな小さ…

妹の友達

Eさんが高校生の時、小学四年生の妹が事故で亡くなった。信号無視の車が他の車を避けようとして歩道にいた妹に突っ込んだのだ。両親の悲しみはそれは大きいものだったし、Eさんにとっても大きなショックがあった。妹には優しくしていたつもりだったが、高校…

足玉

Jさんが職場の近くの中華料理店で昼食を食べていた。カウンター席にいたので横目で入口が見える。とはいえ食事の最中は食べることに集中しているので出入りする客に注意を払うことはないのだが、食べ終わるタイミングでちょうど入ってきた客にはなんとなく視…

胴上げ

Rさんがコンビニエンスストアのアルバイトに出勤した日のこと。夜勤で夕方に店に行くと、駐車場の隅に男が六、七人ほど集まっている。照明に照らされたその風体が異様で、どれも泥や土埃でまだらに汚れた和服を着ている。服だけでなく顔も薄汚れているし、髪…

脚上げ

Mさんが大学生だったある日、友人の部屋に三人で集まって過ごしていた。するとベッドに腹ばいになってスマホを眺めていた友人がちょっとやめてよ、と言いだした。Mさんともうひとりがそちらに目を向けると友人が脚を上げている。何よ、ちょっと、と言いなが…

口論

友人が転職を機に引越すというのでFさんも手伝いに行った。家具は引越し業者に運んでもらったので、段ボール箱三つを車に積んで新居のマンションに向かった。荷解きを手伝い、謝礼に一升瓶二本もらってその日は帰った。十日ほどしてまたその友人の新居を訪ね…

歪む姿見

Cさんが大学進学のために引越したアパートの部屋には、壁に姿見が掛けられていた。前の住人が置いていったものだという。鏡は洗面所のもので十分だと思っていたCさんだったが、せっかくなので便利に使わせてもらうことにした。しばらくして大学で同期の女の…

チェックのシャツ

Hさんが電車に乗っていたときのこと。座席に座っているHさんの目の前に、こちらに背を向けて立っている乗客がいる。チェックのシャツを着た男性だ。ふと視線を上げたところで、視界の中でそのチェック柄のシャツだけが変にぼやけたように見えて二度見した。…

歯科武者

Eさんが歯医者で親不知を抜いてもらったときのこと。歯を抜くときには目隠しに布をかけられた。その視界が遮られる間際、視界の端に見慣れないものが入った。甲冑を身につけた、大きな五月人形のようなもの。それが診察室の隅にちらりと見えたような気がする…

壊れた自販機

勝浦で民宿を営業しているGさんの話。Gさんの民宿から百メートルほど歩いたところに古い自動販売機が立っている。もう長い間放置されており、ところどころ塗装が剥がれて錆が浮いている。当然電源も入っていない。ところがどういうわけか、民宿に泊まったお…

クリスマスツリー

八月の末頃の話だという。Rさん夫婦がしばらくぶりに訪ねてきた妹を連れて外に夕食をとりに行った。その帰り、車を運転しながらRさんはふと道の脇に変わったものを見つけた。道端のベンチにクリスマスツリーが置かれている。八月にクリスマスツリーというの…

浜の老人

サーフィンが趣味のWさんは主に鉾田の海に乗りに行く。その日も午後から海に行って一人でしばらく波に乗っていたところ、急に頬に感じる風が冷たくなった。寒冷前線が通ったな、と思った。そうすると短時間で天気が変わる。風が強くなり、にわか雨が降る。風…

おはなしあそび

Uさんには幼い頃、姉と一緒にする遊びがあった。Nさんが考えたキャラクターを使って姉がストーリーを作り、語って聞かせるというものだった。絵本に出てきたキャラクターや近所の人をモデルにしてUさんが人物設定を話すと、姉がそのキャラクターが出てくる物…

おすもうしゃんの橋

Nさんの幼い娘が言葉を覚えてさかんに話すようになった頃のこと。テレビで大相撲の中継を見て気に入ったらしく、力士が画面に映るたびに指さしながらおすもうしゃん! と連呼して喜んでいる。あるとき娘を連れて散歩に出かけた。近所を流れる利根川にかかる…

重い布団

高校生のUさんには二つ年上の姉がいて、姉が大学進学で家を出るまでは同じ部屋で寝ていた。まだ姉が家にいた頃のこと、Uさんが夜中に寝苦しさのあまり目を覚ますと、なぜか身動きが取れない。布団が妙に重くて身体に絡みついてくるような感覚だった。首だけ…

歯ぎしり

Bさんが職場の同僚の家で飲み会をやった。集まったのは独身の同僚三人で、翌日は休日だったので深夜まで飲み明かしてそのまま雑魚寝した。ふとBさんが目を覚ますと部屋はまだ暗く、壁の時計を見ると午前四時前だった。もう一眠りするかと思ったが、何やら部…

愛犬の看取り

Nさんが十五年飼っていた愛犬が衰弱してしまった。獣医師に相談すると高齢のせいだという。力をつけてもらおうと肉を食べさせたりもしたがその甲斐なく、日を追うごとに坂を転がり落ちるがごとく弱っていく。ついに歩き回る程度の体力もなくなって、部屋の隅…

メニュー立て

Cさんが大学の先輩から久々に誘われて、喫茶店で会うことになった。在学中はよく一緒に飲みや遊びに行ったものだったが、卒業以来もう何年も直接顔を合わせることがなかった人だ。店で落ち合うと昔話に花が咲いた。しばらくぶりに会ってみると、学生時代より…

銀行の長椅子

昼過ぎにKさんが銀行に行った。入口そばのATMで現金を下ろそうとしたところで、視界の端に見知った姿があるような気がしてちらと目を向けた。長椅子に並んで窓口の順番待ちをしている人々の中に、友人の顔があった。ところがその友人は昨年心臓発作で亡くな…

毛むくじゃら

Iさんの職場のスーパーには何かがいるという。従業員の多くが認識しているようだが、正体は一向にわからない。終業後、灯りを消して帰ろうとすると、暗い中で毛むくじゃらの何かに一瞬手が触れることがある。ただそれだけ。不審に思って灯りを点けてもそれら…

山赤子

市役所職員のRさんの話。休日に市内にある渓流で釣りをしていたときのこと、午前中に三匹ほど釣り上げて上機嫌なRさんはそろそろ昼食にしようかと釣り竿を置いた。そして釣った魚を入れておいたバケツに目を向けたところで仰天した。赤ん坊が入ってる……!?…

手を洗わない

Rさんが大学二年生のとき、高校時代のバレー部の先輩が事故で亡くなった。大阪の大学に通っていたRさんは郷里の茨城に駆けつけ、葬儀に参列した。葬儀場に集まった人々の中にはかつてのバレー部の仲間たちの姿もあったものの、流石に旧交を温めるという場で…

ロク

Tさんはロクという名の犬を飼っている。一日二回、朝と夜にロクを散歩につれていくのが日課なのだが、散歩中のロクには困った癖がある。暗い中で走ってくる自動車を見ると、吠えながら勢いよく走り出そうとするのである。どれだけ叱っても、一向にやめない。…

ドア越し

中学生のWさんが一人で埼玉の自宅にいたときのこと。玄関を叩く音と、ごめんくださいという声がした。はーいと返事をしながら玄関まで出てみると、ドアの向こうから男の声で「俺だよ、Mだよ」と言う。MというのはWさんの母の弟で、神奈川に住んでいる。半年…