先生の公園

Mさんが高校生の頃まで暮らしていた団地の一角に公園があり、子供たちから「先生の公園」と呼ばれていた。
暗くなってから一人でこの公園に残っていると、先生が現れて早く帰るように促してくる。従わないと追いかけてくるという。
小学校低学年の頃にMさんがこの噂を初めて聞いたときは、単に学校の先生が見回りをしているのだというくらいに思っていた。
しかしその後何度か噂を聞くうちに、どうもそうではないことがわかってきた。
その公園に現れる先生は本物ではないというのだ。一見すると学校で日々顔を合わせている先生に思えるのに、様子が普通ではないらしい。
しかも顔を合わせたときは知っている先生だと思っていたのに、後になってみるとどの先生だかわからなくなるという。
実際にそれに出くわしたという子は小学校でも同じ学年に数人いて、その一人がMさんと同じクラスにいた。
一度、詳しい話を聞いてみようとしたのだが、普段は活発なその子が公園の話になった途端に顔を曇らせた。
もうそのことは話したくないという。
一緒に話を聞こうとしたMさんの友達が、やっぱり嘘だったんじゃないの、と茶化すように言った。
するとその子は怒るでもなく、それでいいよ――とだけ言った。
むきにならないところがかえって真実味があって、何か、語りたくない何かが確かにあったのだと、Mさんはそれ以上追求できなかった。


高校生のとき、クラスの友達がMさんの家に遊びに来た。夕方まで部屋で遊び、外が薄暗くなってきたので友達が帰ることになった。
Mさんもコンビニに買い物に行くついでに、途中まで一緒に行くことにした。
団地を抜ける途中で例の公園に差し掛かった。そこを突っ切って行くと少し近道になる。二人並んで公園に足を踏み入れた。
集合住宅の谷間にある公園にはもう影が落ちてすっかり暗く、他に人の姿はなかった。友達と話しながら歩いていると、あっ、と友達が声を上げた。
あれ、〇〇先生じゃん。
高校の先生の名前を口にして友達が指差した方を見たが、どこにその姿があるのかわからない。
よく見えないよ、と視線を巡らせながら公園を通り過ぎた。
公園についての噂を思い出したのは、Mさんが友達と別れ、コンビニに行って帰宅したあとのことだった。
友達が指さして呼んだ先生の名前が、どうしても思い出せない。そのことに思い当たって愕然とした。
翌日に学校で会った友達は、公園で先生の姿を見たこと自体さっぱり覚えていなかった。