換気扇の声

Cさんは一時期長風呂をの習慣があった。
湯に浸かりながらタブレット端末でSNSや動画サイトを流し見て、そのまま一時間近く過ごすことが多かった。
そんなある夜、浴槽の蓋にタブレットを置いて動画を見ていると、時折音声が乱れる。
「なあ、おい」
そんな小さな声が動画の音声に時々挟まる。動画の内容とは全く関係ない声だ。
変な動画だなと思いつつそのまま見ていたが、次の動画に移っても相変わらず同じような声がする。これはおかしい。
もしかして動画の中の声じゃないのか?
そう思って動画の再生を停めてみた。
「おい、おい」
やはり聞こえる。どこからだ。
上の方からだ。
声の方を見上げると換気扇がある。
外からは近所の木の枝が風に揺れる音がする。風が換気扇に吹き込むとノイズが鳴って、それが人の声のように聞こえるのか。
あるいは離れたところの話し声が共鳴して聞こえるのか。
そういうふうに納得したCさんはまた動画を再生した。
「おい、よく見ろよ」
さっきよりもはっきり声がした。間違いなく人の声だ。換気扇から聞こえる。
やはりノイズというよりは誰かが話している声のようだ。換気扇の向こうはすぐとなりの家の柵と壁があるので人が立てるようなスペースはない。
おそらく近くの通りかどこかの部屋での話し声が響いているんだろう。
もうそれ以上声のことは気にせず、動画のほうに集中しようと決めた。
ところが今度はタブレットの画面の方がどうもおかしい。いつのまにか全画面表示になって、再生した動画とは関係なさそうな内容が流れている。
うっかり全画面表示のアイコンに触れてしまったのだろうか、それともウイルス感染だろうか。
画面をタッチしたりスワイプしたりするものの反応がない。相変わらず変な映像が流れている。
映像の中では暗い部屋の中に男が歩いている。
顔面には白い紙を紐で縛って仮面のようにしている。紙に穴を開けていないので前は見えていないのではないか。
上半身は裸で、痩せてアバラが浮いている。下半身には黒い染みの散った汚い布を巻いているだけだ。
足元の床には細長いゴムホースのようなものが散らばっている。
男が右から出てきて部屋をうろつき、また右に出ていったところで画面がまた元の動画サイトに戻った。
とにかく薄気味悪い映像だったが、目が離せなかった。
湯冷めしたのかそれとも変な映像を見てしまったせいなのか、Cさんは風呂から上がってすぐに震えが止まらなくなり、その夜から熱を出し三日寝込んだ。
それ以来Cさんは長風呂をやめて、動画サイトもあまり見なくなったという。