百日草

Kさんが毎日通勤する道端に、低い石垣がある。
あるときその石垣とアスファルトの隙間に一本ひょろりと草が伸びていた。
それは刈り取られもせず伸びていき、やがて花を咲かせた。百日草だった。
石垣の家の住人が植えたにしては半端な位置なので、おそらく種がこぼれて成長したのだろう。
Kさんはそれを毎日見るともなしに眺めながら通勤した。
最初は一輪だけだったのがいつの間にか枝分かれして、夏のうちにいくつも花をつけた。


ある朝通りかかると、おばあさんが百日草の傍に屈んでいる。花に顔を近づけて眺めているようだ。
その後ろを通り過ぎようとしたところで、おばあさんが何やら親しげに話すのが聞こえた。花に向かって語りかけているのか。
その声につられて視線を向けると、花と目が合った。花の中に小さな人の顔がある。
あどけない幼児の顔だ。はっきり見える。
顔はKさんを不思議そうに見上げると、すぐに花に潜り込むようにして見えなくなった。
おばあさんはゆっくり立ち上がると、Kさんに会釈して去っていった。
花の中に顔が見えたのも、そのおばあさんに会ったのもその一度きりだった。