旧友

漁師のWさんの話。
海で漁をしていると稀に水死体を発見することがある。
Wさんも今まで三度ほど遭遇したというが、その初めてのときのこと。
まだ漁師として駆け出しの頃で、小さい漁船をひとりで操り、沖に出て魚を獲っていた。
その日も明け方に漁をして朝のうちに港へ戻ってきた。
すると港までもう少しという辺りで、海面に何かが浮いているのに気がついた。
それなりに大きい。白いのでひと目見たときにはマネキンか何かだと思ったが、人だった。
うつ伏せになって浮いている。硬直しながら波に揺られている。
どう見ても生きてはいない。
こりゃあえらいことだと驚いてから、迷った。
回収しなければならないのはもちろんだ。
海保に通報するという選択肢もあるが、このまま回収したほうが遺体が流されてしまう心配がない。
しかし船に引き上げるか、それともロープで港まで曳いてゆくか。
正直なところあまり至近距離で死体を見たくなかったWさんは、とりあえず投げ縄の要領で死体にロープをかけ、そのまま引っ張っていくことにした。
何度かロープを投げるとうまく腕に絡まってくれたので、そのまま船を動かした。
ロープが外れないか何度も後ろを確認しながらゆっくり船を進めたが、そのうちに死体の向きが変わって顔が水面に覗いた。
あれっ。
その顔に見覚えがある。
思わずまじまじと眺めたその顔は、確かに友人のKだ。
しかしそんなはずはない。Kはしばらく前に事故で亡くなっていて、葬式にも行った。
だから他人の空似でしかないのだが、何度見てもKだ。似ているというより本人にしか見えない。
すぐに船に引き上げてもっとよく確認しようと思ったが、そのときにはもう港に入るところだったので、そのまま船を進めて接岸した。
ところが人を呼んできて一緒に死体を引き上げてみると、その顔はKとは全く似ても似つかない。知らない老人だった。
船の上ではなぜKの顔に見えていたのか全く腑に落ちないが、あのときは何度見返してもKとしか思えなかった。


後から考えてみると、あの遺体が早く引き上げてほしいと願っていたから、こちらの知っている顔に見えていたのではないかという気がする。
Wさんはそう話を締めくくった。