カレー

Rさんが若い頃に一人暮らしをしていた頃の話。
アパートの部屋で食事の支度をしていたところ、玄関のドアを叩く音が聞こえた。
何気なくドアを開けると、人の姿はない。
しかし足元に茶色の犬がいて、当たり前のような顔をして玄関から入ってきた。
どういうわけか、Rさんはそれに対して追い出そうとする気が起こらない。
その代わりに、おかえりという言葉が口をついて出た。
言ってから自分の言葉に驚いたRさんがはっとして振り返ったときには、もう犬の姿はどこにもなかった。
もう一度目を向けるとドアも閉じている。
奇妙ではあったが、特に怖いとは思わず、夢でも見ていたのだろうと納得して食事の支度に戻った。


そんなことがあった半年ほど後のことだという。
友人と一緒に夕食を食べて、Rさんは夜十時頃に帰宅した。
玄関のドアを開けたところで思わず体が固まった。
なぜか部屋にカレーの匂いが漂っている。
目の前に誰かが立っている。見覚えのある服だった。
自分の服だ。体格も自分と同じくらいだ。
しかし顔が逆光ではっきり見えない。
誰、と叫び声が出そうになったところで相手が口を開いた。
「おかえり」
背後からRさんの横をすり抜けて茶色い犬が部屋に入っていった。
あの犬この前の、と気付いた時にはもう目の前の人も犬も消えていた。
カレーの匂いだけが部屋に残っていたという。