お寺の来客

Rさんの伯父は栃木でお寺の住職をしていて、Rさんは幼い頃から年に何度かこのお寺へ行った。
このお寺にいると時々不可解なことがあった。
伯父と話していると特に声や音が聞こえてきたわけでもないのに、伯父がちょっとお客さんみたいだなと言って出ていくことがある。
一人で本堂へ入っていった伯父は、少し経ってからまた何事もなかったように出てくる。他に本堂に出入りする姿を誰も見ていない。
誰が来たの、とRさんが尋ねても伯父は笑って、普通のお客さんだよ、お寺にはいろんな人が来るからね、とはぐらかすようなことを言う。
そんなことが何度もあった。


Rさんが中学生の頃、お寺を家族で訪ねたときのこと。
尿意を覚えたRさんは一人で玄関脇のトイレに入り、用を足して出てきたところで玄関の人だかりに気づいた。
トイレに入ったときには玄関に誰もいなかったし、出てくるまで話し声ひとつ聞こえなかったのでRさんは面食らった。
なんだか汚れた感じの男の人たちだった。玄関のガラス戸からの逆光でよく見えないが、なんだか昔の兵隊のような服を着ている。
みんなこちらに背を向けているから顔は見えない。
お寺だからいろんな人が来る。伯父の言葉が思い浮かんだ。どういう集まりなのだろうか。
男たちは玄関にぎっしり並んで立ったまま、声も出さない。そして呼吸をしているかどうかもわからないくらいに動かない。
ただじっとしている。
汗の匂いがした。
Rさんもトイレの前でつい固まってしまった。
どうしてこの人たちはこんなに動かないのだろうか。声をかけたほうがいいのだろうか。伯父さんを呼んできたほうがいいか。
そう考えているところへちょうど伯父さんが来た。
伯父さんはRさんを見てちょっと困ったように笑ってから、お客さんは私が案内するからお父さんたちのほうへ行っていなさい、と言った。
Rさんは居間の方へ戻りながら一度、玄関の方を振り返ったが、人だかりはすでに一人もいない。
玄関の引き戸を開ける音はなかったし、あれだけの人数が動いた気配も感じなかった。窓の外を見ても玄関の外に人の姿はない。
ただ伯父さんが渡り廊下を本堂の方へ歩いていく後ろ姿だけが見えた。
やがて本堂から伯父だけが戻ってきたが、やはりあの集団が本堂から出てくる姿はついに見なかった。