護摩の炎

お盆に帰省したNさんは、実家の近くのお寺で護摩を焚くというので両親と一緒に観に行った。
本堂に設けられた護摩壇に井桁に木が積まれ、そこに火を焚きながら住職が読経する。
護摩を見るのはNさんも初めてだったので住職の後ろに座って興味深く眺めていたが、見ているうちにも炎の勢いはますます盛んになる。
こんなに激しく燃やすものなのか、と驚きながら見つめているうち、なにやら炎が奇妙な形になっていることに気がついた。空中で炎が丸くなる瞬間があるのだ。
炎の上の空間になにか目に見えない丸いものがあって、そこに炎が当たったときに丸く見えるように思える。
しかし目を凝らしてもそんな丸いものが浮いているようには見えない。どうしてあそこだけ炎があんな動き方をするのだろう、と見ているうちに、ふっと一瞬その丸いものが人の顔に見えた。
見覚えのある顔だった。職場で世話になっている先輩の顔だ。
目をつぶって眠っているような表情だった。目の錯覚にしてはやけにはっきり見えた。
どうして先輩の顔が? 先輩に何かあったのか?


盆休みが明けて出勤してみると、先輩は有給休暇を取ってまだ休みだった。
有給なら心配いらないかな、と思ったが、有給の日数が過ぎても先輩は出勤してこず、その後一度も職場に顔を見せないまま退職してしまった。
上司や他の同僚もその詳しい事情は誰一人知らなかった。
やはりあのとき先輩に何かあったのだろうかと、Nさんはあの護摩の炎を思い出したのだという。