Fさんは中学二年生のとき、何気なく応募した懸賞に当選し、なかなか立派な望遠鏡を手に入れた。
とは言っても星に興味があった訳でもなく、そもそも望遠鏡は目当ての景品ではなかったので、二、三度使っただけですぐに飽きてしまった。
それからしばらく望遠鏡は部屋の隅で埃をかぶっていたが、翌年になってから頻繁に使われるようになったという。
ただ、レンズの向く先は空ではなかった。
受験勉強の合間に望遠鏡のことをふと思い出し、魔が差して近くに建つマンションの窓を覗き始めたという。
高い階の住人はあまり外からの視線を警戒していないようで、カーテンを閉めずに過ごしている部屋も少なくなかったようだ。
悪いと知りつつも、他人の家庭を密かに窺うのは快感で、なかなかやめられなかったという。
寝る前に望遠鏡を覗くのがFさんの日課になった。
そしてある夜、Fさんはある部屋を覗いた。
Fさん宅から程近いビルの三階に見えた窓で、中に三人ほど人の姿がある。
それぞれ俯いていたりこちらに背を向けていたりして顔は見えなかったが、着ている服までよく見えた。
スーツ姿やジャージ姿で、体格や髪型からすると男性二人と女性一人のように思えた。
三人が何をしているのか気になったFさんが目を凝らした所で、三人がすっと立ち上がってこちらを向いた。
一斉にこちらを向いたのでこちらに気付かれたように思えてドキッとしたFさんだったが、次の瞬間、更に別のことに気がついてゾッとした。
こちら側を向いて窓際に並んで立った三人の男女はどれもそっくり同じ顔をしている。
しかもその顔は、毎日鏡の中で見るFさん自身の顔そのものだった。
首から下の服装や体格はみな違うのに、顔だけはFさんのものにしか見えないものが三つ横に並んでいる。
三つの顔は一様に無表情で、視線はFさんの方ではなくどこか別の所に向けられていた。
しかしそのまま望遠鏡を覗き続けたら次の瞬間にも視線がこちらを向くような気がして、Fさんは弾かれるように接眼レンズから目を離した。
それ以来、覗きはすっかり怖くなってやめたという。