胡瓜

バスで通勤するRさんが帰宅する途中のこと。
窓際の席で外を眺めながらぼんやりしていると、通路側から声がした。
「隣いいですか」
どうぞ、と反射的にRさんは答えながらそちらに視線を向けたが、誰も立っていない。
あれっ、俺に言ったわけじゃないのか返事して恥ずかしいな、と思いながら車内を見回しているところで隣の席に人が座る感触があった。誰かが座った振動があり、椅子が少し沈んだ。
しかし隣に人の姿はない。手を隣の座席の上に泳がせてみても空気を掻くばかりだ。
気味が悪くてそれ以上何をすることもできないまま、体を縮こまらせて顔を外に向けた。
それからRさんが降りる停留所までは隣に誰も座らなかった。Rさんは降りるときに隣の席の前をまたぐようにして通った。


その夜にRさんは夢を見た。
いつもの通勤バスに乗っている。満席なのでRさんは通路に立っている。
しかしひとつだけ空いている席があった。周りの立っている乗客は誰もそこに座ろうとしない。
Rさんもそこに座るのは嫌だった。なぜだか知らないがその席を見るのも怖い。
空席から目を逸らすと周囲の乗客がみなRさんの方を見ている。
その乗客たちが一斉に背伸びをした。いや、背伸びをしたわけではなく顔だけが伸びている。
顔が胡瓜のように細長く上に伸びていって、バスの天井に当たるゴツゴツという音がした。
自分の頭が同じように伸びてしまわないように慌てて頭を押さえたところで目が覚めた。
なぜか顔がヒリヒリ痛い。鏡を見てみると、顔中に引っ掻いたようなミミズ腫れがいくつも走っていたという。