ドライブレコーダー

Fさんという会社員が新車を買った。
カタログを何冊も見比べ、メーカーのホームページやネットの評判を吟味し、悩んだ末に決めた一台だった。
時間をかけて選んだだけに愛着も強く、運転する時には専用の靴に履き替える程のこだわりようだった。
しかしじきに奇妙な出来事が起こった。
新車に乗り始めて十日ほど経ったある日、仕事から帰ろうと車に乗り込んだFさんは、助手席の足元が泥で汚れていることに気が付いた。
足元の床に、靴の跡が泥でくっきりと付いている。
できるだけ汚さないように注意を払って乗っていたFさんは一気に頭に血が上ったが、しかし一体誰のしわざだというのか。
独身のFさんは助手席に乗せる家族もいないし、それ以外にもまだ誰も乗せたことはない。
鍵はFさんが肌身離さず持ち歩いていたが、誰かが何らかの方法で入り込んだのだろうか?
ただ車内が汚れていたというだけで、特に無くなっているものもなかったが、それでもFさんは腹が立って仕方がない。
警察にも通報したが、盗られていたものがなかったのでそこまで細かい調査はしてもらえなかった。
犯人がわからない以上はまた同じようなことが起こるかもしれない、と警戒したFさんは、ドライブレコーダーを購入して毎日車内を撮影することにした。
そうしてひと月くらい経ったある日。
再び、助手席の足元が泥で汚れていた。
状況も前回と同じで、職場の駐車場に駐めていた間のことだった。
今度は警察に通報せず、Fさんは家に帰ってから早速ドライブレコーダーの映像を確認した。
車を降りるときにカメラを作動させてから、しばらくはずっと同じ車内の様子がひたすら流れる。
早送りでどんどん進めていくと、やがて一人の人物が助手席側のドアから入ってきた。
慌てて映像を通常の速度に戻したFさんは、その人物をよく観察してみた。
どこかで見たような顔の男が、これまたどこかで見たような服装で助手席に座っている。
……どうみても、Fさん自身にしか見えない。
男が着ている服も、Fさんが持っている普段着と同じものだった。
Fさんと同じ顔をした男は、十分間くらいは人形のように微動だにせず助手席に座り続け、それから特に何をするわけでもなく車から出て行った。
それから後は、Fさん自身が車に戻ってくるまで特に変わったことはなかった。


翌日からFさんは職場の駐車場ではなく、近くの空き地に駐めるようにした。
……しかしそれでもまたしばらくしてから、同じように車内が泥で汚れている。
仕方がないので車で職場に通うのはやめた。
すると仕事に行っている間に、車内が泥で汚れている。
いつも靴跡の形は同じだった。
もうどうしようもなくなって、Fさんはわずか三ヶ月で新車を売ってしまったのだという。