黒い点

Mさんが大学生の妹を乗せて車を運転中、信号のある交差点で前の車に追いついた。
ふと目をやると、前の車のリアガラスの端に黒い点がついている。
シールでも貼ってあるのか、単なる汚れなのか、とにかく指先ほどの点が見える。
青信号で前の車が走り出したので、そのときはすぐにその点から意識が逸れた。
しばらく走ってからまた信号待ちで同じ車のすぐ後ろについた。
何気なくまた前の車のリアガラスを見て、少し気になった。黒い点が大きくなっている。
先程は本当に点にしか見えなかったのに、今度は五百円玉くらいの大きさがある。
するとあれはガラスの内側についていて、Mさんが追いつくまでの間に後部座席に乗っている誰かが先程より大きいものに付け替えたのだろうか。
しかし後部座席に誰かが乗っている姿は見えない。
Mさんは助手席の妹に話しかけた。ねえ、前の車の後ろのガラスに。
そう言いかけたところで妹に遮られた。ちょっとやめて。お願いだから見ないようにして。一旦前の車と違う方に曲がって。
そんなことを矢継ぎ早に低い声で言う妹は、うつむいて両手を膝の上で握りしめている。
戸惑いながらもMさんは妹の言う通りにその信号で左折し、前の車と離れた。そこで停まって、と妹が指さしたコンビニの駐車場に入る。
気持ち悪くなったの? 車酔い?
Mさんがそう問いかけると妹は首を横に振ってから聞き返してきた。あのさ、あの車の後ろに何が見えてた? 何だと思った?
黒い点だったよ、シールか何か貼ってあったのかな。そう答えると妹は暗い表情で言った。
私にはあれ、人の目に見えた。シールとかじゃなくて、黒い穴が空いてて、その向こうから誰かがこっちを見てた。私は目を合わせたくないから下を向いてたの。


それ以来、Mさんは周囲の車に黒い点や汚れがついていているのに気づくと、なるべく目を逸らすようになったという。