Jさんが高校生のとき、妙な噂があった。
市内に無人の車が走ってくる道があるのだという。その道を通ると、時折誰も乗っていない車が走ってきて、そのまま通り過ぎていくこともあるが追いかけられることもある。
先輩や同学年の生徒の中にもそれを見た者が複数いるという。
Jさんはあまり信じていなかったのだが、ある時同じクラスの友達が興奮した様子で言う。
俺、噂の車を写真に撮ったんだ。昨日見たんだよ。暇だったから行ってみたら出た。
そう言いながら携帯の画面を見せてきた。
確かにそこには一台の自動車が映ってはいるのだが、斜め後ろからのアングルなので本当に誰も乗っていないかどうかは確かめられない。
まだスマートフォンが普及していない頃の話で、解像度が低いから尚更詳細がわからない。
ただの車の写真だろこれ。Jさんも他の友人もそう口を揃えた。
本当なんだって、誰も乗ってなかったんだよ! 疑うなら一緒に見に行こう!
写真を撮った当人はそう言い張るので、友人数人で放課後にその場所へ行くことになった。
そうは言っても噂ではいつもその車が出るというわけではなさそうだし、昨日出たのが本当としても今日も見られる保証はない。あまり期待せずに学校からそう遠くないその場所まで歩いていった。
国道から脇へ伸びているあまり広くない道路で、両脇には民家と畑と竹藪が交互に続いている。
雑談をしながら道なりにぞろぞろ進んでいったが、前からも後ろからも一向に車が来ない。
やっぱり出ないよな、どこかに寄って何か食っていこうと話しているところで、友人の一人が他所を眺めて怪訝そうな声を漏らした。何だあれ。
一同がそちらを見ると、いつの間にか百メートルほど離れた道の先に誰かがいる。顔は見えないが長い髪と服装から女の人のようだ。
あいつ、竹藪の上から落ちてきたぞ。
最初にそちらを見た友人がそんなことを言った。
上ってどれくらい上? Jさんがそう聞くと、竹のてっぺんの方から飛び降りてきたのだという。
女の人の背後に鬱蒼と固まって生えている竹は、二階建ての屋根に届くくらいの高さはあるだろうか。あの上から生身で飛び降りて、平然と立っていられるだろうか。
見間違えじゃないの、と誰かが言ったところで、女はこちらに目もくれず、竹藪の反対側の畑の方へ助走もなしに跳ねた。
その跳躍力が尋常ではない。身長の二倍以上の高さまで跳び上がり、何度か地面を跳ねて畑の向こうの林の中へ吸い込まれるように姿を消した。
その後は無人車の噂に代わり、ぴょんぴょん女の噂がしばらくの間広まった。