茅葺き屋根

Uさんは大学に電車で通っていた。その途中で時々、気になるものが見えた。
帰りの電車に揺られながら窓の外を眺めていると、田んぼの中に茅葺き屋根の古い家が建っている。
初めて見たときは、へえあんなところにあんな古い建物が、というくらいの感想だった。
ところが後でもう一度見ようと思っても、同じ建物が見当たらない。場所が違うのかと思ってずっと同じ方向を眺めていても、やはり見つからない。
ところが忘れた頃に無意識に目を向けると同じあたりで茅葺き屋根が目に入る。
奇妙なことに朝、大学に行く時には決して見えない。夕方以降、帰りの電車の窓から眺めているとたまに見える。
ある時も何気なく視線を上げるとその古い家が見えた。ところがこのときはただ見えただけに留まらなかった。
すうっと周囲の音が静かになった。電車の振動は身体で感じるものの、音がまるで聞こえない。
耳がおかしくなったのかと思ったが、おかしいのはそれだけではなかった。
茅葺き屋根がずっと同じ角度に見えている。
電車に並んで地面を滑るようについて来ている。そんなふうに見える。
えっ何あれ、家が動いてる?
回りで異変に気付いている人が他にいないかと見回したところで急に賑やかになった。
音が戻ってきた。
それだけでなく、いつの間にか電車は次の駅で停まっており、乗客が乗り降りしていた。
窓の外にはただ駅の光景があるだけで、茅葺き屋根はついて来ていなかった。
それ以来Uさんは茅葺き屋根の家を探すのはやめて、帰りの電車で窓の外はなるべく見ないようになったという。