手を振る

Mさんが家族でドライブを兼ねた買い物に出掛けた。
利根川の堤防沿いの道を進んでいると、後部座席に乗っている幼い長男が前の車を指差して言った。


手、振ってるよ。


その言葉に前を走っているワゴン車をよく見ると、後ろの窓越しに小さな子がにこにこ笑いながらこちらに手を振っている。
うちの子と同じくらいか。車に乗ってお出かけでご機嫌なのかな。
Mさんの長男も喜んで手を振り返している。
すると向こうの子も更に勢いよく手を振り始めたが、すぐに前の車の屋根の上に子どもの顔と腕が現れた。どうやら座席の上に立ってサンルーフから顔と腕を出したらしい。
走行中なのに危ないな、前の車の大人は注意しないのかな……?
とMさんや奥さんがはらはらしながらその様子を見ていると、次の瞬間。
屋根の上の顔がすーっと滑るように横に移動し、そのまま顔だけがぽんっと跳ねた。
ゆっくりと空中で弧を描く顔は、いかにも楽しそうにずっと笑ったまま、堤防の土手の草地に落ちた。
ハンドルを握っていたMさんは思わずブレーキを踏んだが、前の車は何事もなかったかのようにそのまま走り去っていく。
土手に視線を戻したが、顔などどこにもない。
車内は騒然となり、もうドライブどころではなかった。その日はすぐに帰宅したという。