歩いてきたもの

二年前の夏のことだという。
Mさんが彼女と一緒に海に出かけ、帰ってきた時には夜八時を過ぎていた。
彼女を家まで送っていく予定だったが、少し名残惜しく感じてコンビニの駐車場に車を駐めてしばらく二人で喋っていた。
道路に車の通りはそれなりにあったものの歩行者の姿はなく、コンビニの前に駐められている車はMさんのものだけで、二人は人目を気にせずにその日の思い出を楽しく語り合っていた。
するとそこへ、車のほんの数メートル先くらいの所を横切っていった人影があった。
彼女の方に気が向いていたのでその人物がどこから現れたのかは見ていなかったが、どうも歩き方がおかしいように思ったMさんはふとそちらに視線を向けた。
上半身に赤い服を着て上着か何かを腰から後ろにぶら下げた格好なのだが、なぜか左右に体をがくんがくんと揺らしながら歩いている。
酔っ払いかな。
Mさんがそうつぶやくと、彼女もそちらに目を向けて、続いて喉の奥でヒッと短く悲鳴を上げた。
「酔っぱらいじゃない……!あれ、血まみれ!」
彼女の言葉に慌てて目を凝らすと、赤い服と思ったのは上半身一面が血まみれ……というか皮が爛れているのか剥がれているのか、とにかく物凄い怪我を負っている様子だった。首筋から背中、腕、腰から上に赤く染まっていない部分がない。
すると腰からべろべろ垂れ下がって揺れている赤黒いものは上着ではなく……。
きゅ、救急車か!
携帯電話を取り出そうとしたMさんだったが、その腕を彼女が掴んで止めた。
「――ねえ、あれ本当に生きてる人間だと思う?」
幽霊か何かだと言いたいのだろうか。しかしあんなにはっきり見えているものが、はたして幽霊なのか?
もし大怪我した人だとすれば、一刻も早く病院に運び込まなければいけない。
だが彼女の言うこともわかる。あれが見たままの怪我だとして、そんな状態の人間が一人で歩けるものだろうか?
彼女の手を握ったままどうするべきか迷っていると、その真っ赤な人は目の前の歩道に出て立ち止まり、右手を挙げた。
そこへ何台か車が通り過ぎてから、一台のタクシーが停まってドアを開けた。
真っ赤な人はその後部座席に乗り込んでそのまま行ってしまったという。
後日、そんな大怪我を負った人が病院に運び込まれたというニュースは特に見つからなかった。


歩いていた真っ赤な姿も不気味だったが、それを当たり前のように乗せて走り去ったタクシーも奇妙で怖かった……とMさんは語った。