オレンジの布

Hさんが大学生の時の話。
平日の夕方、当時付き合い始めたばかりの女の子を自分の部屋に招き入れた。
ベッドに並んで腰掛けて楽しく話していると、ふと彼女が窓の方に視線を向けて声を上げた。
「……ねえ、あれ何だろ?」
見てみると窓の向こう、道路を挟んで向かいに建っているアパートで何かひらひらした長い物が動いている。
二人で窓際に寄って観察してみると、アパートの二階の道路に面した窓の一つから、オレンジ色の布のようなものが三メートルほど細長くはみ出してたなびいている。
大した風もないのに布は窓から斜め上に向けてバタバタとはためいている。
布は閉まった窓に挟まっているように見えたが、その割には見ているうちに長くなったり短くなったりして、どうも窓に出たり入ったりしているようにも見える。何だかただの布というよりは生き物のような動きにも思えたという。
一体あの部屋の人は何がしたいんだろう、とじっと布を見ていたHさんだったが、隣りにいた彼女は携帯のカメラで布を撮影し始めた。
何枚か写真を撮ったところで、布はスッと窓を離れ、あっという間に上の方へと飛んでいってしまった。
すぐに窓を開けて空を見上げたHさんたちだったが、オレンジの布はもうどこにも見えない。
彼女の撮った写真を見ると、上に向かって伸びる長い布が確かに写っていた。


それから二日後の午後、大学から帰ってきたHさんは家に近づくに連れてなにやら騒がしくなってきたことに気がついた。
何かあったんだろうか、と思いながら歩いていると、なんと家の周りに消防車が駐めてあり人だかりもできている。
火事は向かいのアパートの二階で起きたものだった。すでに消火は終わっていたが、現場は二日前にオレンジの布が出ていたあの部屋だ。
後で聞いた話によればその部屋の住人は老人夫婦で、火事の時には二人とも外出中だったので無事だったらしい。
そして火事の翌日、Hさんは彼女から携帯の画面を見せられた。
オレンジの布を撮影した写真――のはずだった。
しかしどこにもあの目立つ色の布がない。ただのアパートの外観を写しただけの写真だ。
日時も、アングルもあの日あの時にHさんの部屋から向かいのアパートを撮ったものに違いない。
撮影直後は確かに写っていたはずのオレンジの布だけがきれいさっぱり無くなっている。
――これ、加工した?
念のため聞いてみたものの、彼女は首を横に振る。
その日の朝、写真を見たくなってファイルを開いたところ、画像が変わっていたのだという。
なぜ写真からあの布だけが消えてしまったのか?火事とあの布は何か関係があるのではないか?
Hさんはそれからしばらくの間、周囲の建物の窓からあのオレンジの布が出て来はしないかと気が気でなかったという。