Nさんはブチという名前の猫を飼っている。
まだ子猫の時に車に轢かれ、道端で血まみれのところをNさんが見つけ、急いで動物病院に連れて行って手術してもらった。
処置が間に合ったおかげで一命を取り留めたが、顎の骨が砕けて半分なくなってしまった。そのため回復してからも硬いものは食べられないので、そのまま引き取ったNさんは毎日ミルクや流動食を与えている。
この怪我の影響なのかそれとも元々なのかは不明だが、ブチは神経質で敏感なところがあり、何かというとすぐに背中の毛を逆立てて警戒する素振りを見せる。
ある日の夜も、Nさんの傍らでブチが突然毛を逆立てた。脚を踏ん張り、尻尾をぴんと立てて威嚇しているようにも見える。
しかしブチが見ている先には壁があるだけで、特に変わったものはない。
外から人に聞こえないくらいの何かの音が聞こえているのだろうか。
とりあえずブチをなだめようとNさんが手を伸ばしたとき、壁から音もなく丸いものが出てきた。
ブチが飛びついたものの届かず、それは勢いよく部屋を横切り、反対側の壁に当たって消えた。
Nさんの横をすり抜ける一瞬に見た限りでは、真っ黒な髪の毛か何かのかたまりに見えたという。
その後も何度か、ブチが毛を逆立てた時に変なことがあったのだとNさんは語った。