リコーダー

商工会職員のNさんの話。
Nさんが独り暮らししている部屋で寝ようとしたとき、どこからか笛の音が聞こえてきた。
小学生が授業で使うようなリコーダーの音で、どうやら窓の外から聞こえるようだ。
その日Nさんはテレビを見たりネット巡回をしたりして少し夜更かししていたので、その時にはもう午前一時を過ぎていた。
こんな時間に近所迷惑なやつだな、と思いながらも仕事で疲れていたNさんは気にせず寝てしまおうとした。
しかし調子が外れて何の曲を吹いているのかよくわからない笛の音が、妙に耳について気になって仕方がない。
大きな音ではないものの、どうにも耳障りで癪に障る。
こらえきれずに体を起こしたNさんは窓を開けて外を見回したが、どこから笛の音が来るのかよくわからない。
周囲の民家はどこも灯りが点いていないし、見える範囲では道路に人の姿もない。
相変わらず下手な笛の音だけが聞こえている。
怒鳴ってやろうともおもったが、それはそれで近所迷惑だなと思い直し、Nさんは無理やり寝てしまおうと布団の中で両耳を指で塞ぎながら目を閉じた。
そのまま眠り込んでしまったが、今度は変な夢を見た。


Nさんは実家の玄関に腰掛けている。すると学校帰りらしき小学生が二人、リコーダーを吹きながら前の道路を歩いてきた。
そこに反対側から大型トラックが走ってきたかと思うと、スピードを緩めず小学生たちに突っ込んでいく。
トラックに当たった瞬間、小学生たちはパーンと粉々になって飛び散った。


ハッとして目を覚ますとNさんは全身にびっしょり汗をかいていた。そして笛の音はもう止んでいた。
あんな笛が聞こえていたせいで変な夢を見たんだな、と思いながら上体を起こしたNさんは、部屋の隅に誰かが立っていることに気付いてぎょっとした。
リコーダーを持った小学生だ。
こっちを見ている。
うわっ、と声を上げながら咄嗟に枕を投げつけたNさんだったが、枕は壁に当たってドサッと落ち、小学生の姿はもうどこにもなかった。
そもそも、改めて考えてみればそこに立っていたのが小学生かどうかなどよくわからない。どんな姿をしていたのか、たった今見たばかりなのに印象がぼんやりとしていて詳しく思い出すことができなかった。ただ、リコーダーを手に持っていたことだけは確かだった。
夢で実家が出てきたことが気になったNさんは、後で実家に電話して近所で交通事故がなかったか尋ねてみた。しかし電話に出た母によると近頃そういう話は特にないという。
もうひとつ後から気になったことがあった。
笛の音の出処を探って窓の外を見た時、いつもより暗かったような気がするのである。いつもならば民家に灯りが点いておらずとも道端の自動販売機や、遠くのコンビニの灯りがぼんやりと見えている。
それがあの時には全く見えず、街灯くらいしか光源がなかった。笛の音に気を取られて灯りのことは特に考えなかったが、それが後から不思議に思えて仕方がないのだとNさんは語った。