茨城の民話

Nさんが古本屋で平積みの安売り本を物色していると茨城の民話について書かれた本が目に留まった。
茨城県出身のNさんは何となくその本が気になって手に取ったところ、たまたま開いたページに郷里の地名が書かれている。懐かしさと百円という安さのためにNさんはその本を買って帰った。
夕食後に寝転んで先程買ってきた民話の本をパラパラめくっていたNさんだったが、中ほどのページまで来たところでそこに挿絵を見つけた。
一見写真とも思えるような写実的なタッチで干からびた猿のようなものが描かれている。挿絵の下にはどこかの寺らしき名前と一緒に「河童のミイラ」と書かれている。
そんなものが茨城県内にもあったのか、知らなかったな、どこの話だ? とそのページの文章をよく読もうとした――そのとき。


「ぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!」


間近で酷くしわがれた呻き声のようなものが聞こえた。
うわっ、何だ!? と慌てて飛び起きたNさんだったが、まだ声は聞こえ続けている。
それもNさんの手元から。
「あああああああああああああああああああああああああああ!」
挿絵のページから声が出ている! なんだこれ!?
咄嗟にNさんは両手で本を閉じた。


静寂。


やはり今の声は本から出ていたのか? ……そんな馬鹿な。
ただの日焼けした古本で、スピーカーなどが仕込んであるようにはとても見えない。
だが声は確かにあのページから出ていたように聞こえたし、現に本を閉じた途端に静かになった。
本当にここから声が?
気味が悪いものの、もう一度確かめてみようとNさんは先程の挿絵のページのあたりを恐る恐る開いてみた。
しかし挿絵がない。
本の中ほどだけでなく、最初から最後まで一枚ずつページを繰ってみてもそもそも挿絵があるページがひとつもないのだ。
それどころか、その本のどこを読んでも河童が出てくる話が書かれているページすら全く見当たらなかったのだという。