掛け軸

高校生のFさんが自宅の和室で昼寝していた時のこと。
ふと近くの物音で目を覚ました。
横になったままそちらに視線をやると、床の間に掛かっている山水画の掛け軸がゆっくり揺れている。
風かと思ったが障子も襖も閉めきっているのでそんなはずはない。
なぜだろう、と寝ぼけ眼で考えていると更に掛け軸の下の橋がふわっと持ち上がるように動いた。
そのままひとりでにくるくるっと巻き上がり、上まで行ったところでまたすとんと落ちて開く。
思わずFさんが飛び起きたところで掛け軸はピタリと止まって動かなくなった。
恐る恐る床の間に近寄ってよく見てみたものの、まるで初めから全く動いていなかったかのように静止している。
たった今ひとりでに動いていたのが嘘のようだ。
寝ぼけてたのかな。
そう独り言をもらしたFさんのすぐ目の前で、掛け軸はまたひとりでに巻き上がった。
なんだこれ、気持ち悪っ!
和室から逃げ出したFさんが台所に駆け込むと母親がお茶を飲んでいる。
たった今見たものを話すと、母親は笑って言った。
「勉強もしないでぐうたら寝てるから、ご先祖様にからかわれたんだよ。あの掛け軸はご先祖様が描いたもんだからね」
そう言われると何か申し訳ないような気持ちになったFさんは、以前より熱心に勉強するようになった。
それ以来その掛け軸がひとりでに動くところは一度も見ていない。


しかし後から父親に聞いた話では、その掛け軸は別にご先祖様が描いた物ではなかったらしい。
母親がFさんを勉強させるために適当に言った出任せだったわけだが、じゃあなんであの時掛け軸が動いたんだ?とFさんはずっと気になっているという。
……まあ仮にご先祖様が描いた絵だとしても勝手に動くのはおかしいんだけど。
Fさんはそう言って笑った。