Mさんが車で通勤する道の途中にK大橋という長い橋がある。
夜九時頃にここを通りかかったところ、川の上には霧が出ていた。そのせいで橋の半分ほども見通せない。
今夜は冷えるんだな、と思いながら橋を渡り始めたMさんだったが、すぐに見慣れないものに気がついた。
橋の横、向かって右側に見上げるほどの大きな黒い影があり、その中ほどに四角い光が並んでいる。
なんだろうと思いながら橋を進んで、近づいていくにつれて霧の向こうにそれがはっきり見えてきた。
それは橋に接するように立つ背の高いビルで、橋の上に更に四階くらいは突き出ている。並んだ光は窓から漏れる明かりで、近づいていくにつれて窓の中に人の姿も見えた。
ビルの前を通り過ぎるときに、窓際でこちらを見下ろしている人と視線が合った。そうは言っても外は暗いから向こうからMさんの顔は見えなかったかもしれないが、確かにビルの中にいた人の顔は見えた。
若い男がひどく驚いたような顔でこちらを見ていたという。
Mさんの車はそのままのスピードでビルの前を通り過ぎ、橋を進んでいったがどうにも納得できない。
なんで橋の横にあんなに大きなビルがあるのか。川の真ん中にビルがあるはずがない。
それに朝にここを通ったときはあんなもの無かったはずだ。一日であんな大きなビルが建つはずもない。
もう一度見ようとドアミラーに目をやったが、後方にそれらしき明かりは見当たらない。すぐに橋の袂の信号で停まったので振り向いて探したが、やはりビルなどどこにも見えない。
霧の中に見慣れた橋と川の光景があるばかりだった。