夜十時過ぎのことだという。
飲食店で働くTさんは仕事を終えて、店の裏に駐めてある車の所にやってきた。
鍵を開けようとしながら何気なく後部座席に目をやると、白っぽくて丸いものが見えた気がした。
運転席の真後ろあたりだ。
当初はちらりと視界をかすめただけだったが、Tさんはそんなものを置いた覚えがない。
そこでもう一度視線を戻して覗きこんだ。
近くの街灯しか光源がないのですぐには判別できなかったが、どうやらお面か何かのようだった。
白くてツルッとした丸顔のお面が、後部座席の足元に落ちている。
そんなものを見た覚えもないし、自分の車に置いた記憶も全くない。
駐めている間に誰かが勝手に鍵を開けて、こんなものを置いていったのだろうか。
車内に貴重品は置いていないはずだが、それでも誰かが勝手に車を開けているのは気分の良いものではない。
とりあえずそのお面をよく確かめようと思ったTさんは、後部ドアを開けてそのお面に手を伸ばした。
「やめてよー」
子供の声がした。
ぎょっとして辺りを見渡したが、自身の他には人の姿などない。
もう一度視線を車内のお面に戻すと、視線がまっすぐぶつかった。
お面が目をぱっちりと見開いて、Tさんを見上げていた。
何度かまばたきをしたその目が、街灯の光を受けてぬらりと光っている。
何だこれ?
思わずTさんがつぶやくと、白いお面は音もなく滑るように運転席の下へと引っ込んでしまった。
恐る恐るシートの下を覗きこんでみたものの、暗くてよく見えない。
得体のしれないものを目にして少し悩んだものの、その日も朝から働いて疲れていたTさんはそのまま車に乗り込み、帰宅した。
運転中にも何度か子どものクスクスという笑い声が聞こえてきたが、気にせず走り続けたという。