マネキン

Fさん家族がキャンプに出かけた。
キャンプ場の隣の土地は1メートルほど高くなっていて、果樹園になっていた。
到着してすぐにFさんがそちらを見たところ、そのリンゴか何かの木が並んでいる中に交じって何人か人が立っている。
しかしよく見るとそれはどうやらマネキンだった。
カカシとして立てているかもしれないが、薄汚れたマネキンが木々の間に立っているのを見るといささか不気味である。
とはいえキャンプには関係ないし、子供が怖がるかもしれないのでそれきり気にしないことにした。


夜も更けてきて、キャンプの体験に興奮ぎみだった二人の子供も寝入ったところで、Fさんはトイレに行こうと一人テントを出た。
月の出ている夜で、懐中電灯がなくともキャンプ場のトイレまで歩いて行けるくらいの明るさがあった。
トイレに向かって歩いていると、キャンプ場の広場に誰かが立っているのが見えた。
それを横目で見ながらトイレに入り、用を足して出てきたところ、まだその人影は同じ場所に立っている。
一体こんな夜更けにあんな所でじっと何をしているんだろう、とテントに向かいながらFさんはその人影を眺めていたが、どうも様子がおかしい。
全く動かないのである。
あまりに微動だにしないその人影がどうにも気になってFさんはそちらに近づいていったが、近くで見るとそれは人ではなくマネキンだった。
腕のない女性のマネキンが物言わずそこに立っていた。
どうりで動かないはずだが、だとすると別の疑問が生まれる。
日中はキャンプ場の中にそんなものなどなかった。
マネキンがあったのは隣の果樹園である。このマネキンもそちらから誰かが運んできたのだろうか。
そうだとすればなぜそんなことをしたのだろうか。
たちの悪い悪戯だろうか、と思いながら近寄ってよく見てみると、カカシとして野ざらしになっていたにしてはきれいな状態のマネキンだった。
ほとんど汚れていないばかりか、妙に表面が生々しいような感じがする。
月の光だけではよく見えないので持ってきた懐中電灯で胴体を照らしてみたところ、肌色をしたその表面には細かい産毛が生えていて、電灯の明かりをきらきら反射した。
毛穴さえ見えそうな、生きた肌に見える。しかもその胸は、緩やかに上下していた。
――呼吸している?
えっ、と驚いて見上げたが、鼻と口の凹凸だけがあるただのマネキンの顔だった。
しかし産毛の生えたこんな生々しい肌の、しかも呼吸するマネキンがあるはずがない。
なぜこんなところにこんなものがある?
一気に気味が悪くなったFさんは慌ててテントに戻り、寝袋に潜り込んで寝てしまった。
翌朝同じ場所を見に行ったところ、マネキンなど影も形もなかったという。