テントの中

Uさんが山梨のキャンプ場で一晩過ごしたときのこと。
目を覚ますとテント内がうっすら明るい。もう朝かと思ったがそこで異変に気がついた。
眼の前に壁がある。寝起きの目を凝らすと自動車のタイヤだ。タイヤだけではなく車体もある。銀色の車体に跳ねた泥が付着しているのが見える。
寝袋の脇に車が停まっているようだ。
そんなはずがなかった。一人用テントの中に車一台が入るのは物理的に無理だ。
横になっているUさんは視界の半分が車で塞がれていて、その向こう側がどうなっているかは全く見えない。
寝ている間に一体何が起こったんだ、テントに車が突っ込んで来たのだろうか。
慌てて身体を起こそうとしたところで、車の窓から覗く顔と目があった。
ひどく驚いたせいでそのままUさんは固まってしまった。
車の中には五歳かそこらの子供がいて、丸い目でこちらを見下ろしている。
薄暗いテントの中で、子供の顔が白くはっきり見えた。
その口が動いて何か言っているが、ガラス越しだからなのか、何も聞き取れない。テントの外で鳥の声だけが妙にうるさい。
もう一度身体を起こそうとしたが、身体がうまく動かない。
力を込めて勢いよく上半身を起こすと、途端にテントの中が暗くなった。
見回すと車などない。テントも破れておらず、車の入るスペースなどない。眠りについたときのままだ。
じゃあ今のは夢だったのか、とスマホの時計を確認するとまだ午前三時前。夜が明けていないのだから今見たものは夢に違いない。


もう一眠りして朝六時過ぎに目を覚ましたUさんは、寝袋から抜け出してみて息を呑んだ。
テントの床部分を横断して、車のタイヤの跡がまっすぐ付けられていたのだ。タイヤに踏まれて粉々になった枯れ葉も散らばっている。どちらも寝る前にはなかった。
外に出て確認してみたが、テントの周りの地面にはタイヤの跡は全くなかった。