花柄の浴衣

Wさんの家の近所に農協があり、その駐車場の隅にもう何年もの間、同じ車が放置されていた。
白いミニバンで、タイヤが全てパンクしている。農協の職員がどう考えているかわからないが、とにかくずっと同じところに置いてある。
ある夜、帰宅途中のWさんがここを通りかかると例のミニバンのスライドドアが開く音がした。
ぎょっとして目をやると車内から若い女の人が降りてくる。花柄の浴衣を着たきれいな人だ。
その人がきれいなだけに、放置された汚い車から降りてくるのが全く不似合いに思えた。
季節は春先で、とても浴衣で出歩くような時期ではない。
おかしい。普通じゃない。
呆然と立ち止まってその光景を見ていたWさんに、浴衣の女性は軽く会釈して立ち去った。浴衣の背中は建物の陰ですぐに見えなくなった。
なんであんな廃車から出てきたんだろう、とミニバンに目を戻すと、スライドドアが閉まっている。
開く音が聞こえて女性が降りてきたのに、閉じる音は聞こえなかった。いつ閉じたのだろうか。
そもそもあんな廃車のドアがスムーズに開くものだろうか。


そんな体験をWさんが妻に話すと、妻も目を丸くして言った。今思い出したけど、私もそれ一回見たことある。
それからいくらも経たないうちに、ミニバンは撤去されていたという。