無言の帰宅

Eさんが大学生の時の話。
講義が午前中だけだったので、午後は家の車庫の前にバイクを出して整備をしていた。
そこへスーッと一台の車がやって来てEさんの目の前に停まった。なんとなく違和感を覚えて視線を上げるとそれはEさんの父親の車だった。
まだ父親が帰ってくるいつもの時刻には早い。今日は早上がりだったのかな、と思いながらバイクに目を戻したが、それから数分経っても誰も車から降りてくる様子がない。ドアが開く音がしないのだ。
どうかしたのか、と思ったEさんは立ち上がり、車内を覗き込んだ。
……誰もいない。あれ?
後部座席も見たものの、やはり誰の姿もない。しかし車がそこに停まってから誰も降りてなどいなかったはずだ。
ドアには全て施錠されているし運転席には鍵も付いていない。
それじゃあ一体誰がこの車を運転して来たんだ?
ナンバーを確認すると確かにそれは父親の車だ。しかしその父親はそこにいない。
まさか自分が目を離したあの数秒の間に、音も立てず気付かれないように降りていたのか?
そんなことができるとは思えないし、そんなことをする理由もわからないが、Eさんにはそれ以外の説明が思いつかなかった。
それなら父親は家の中にいるのだろうか。
確認のためにEさんが家の中に戻ると玄関では母親が酷く慌てた様子だった。
「お父さんが会社で倒れたって!」


父親はその日、午後の仕事の最中に突然倒れて救急車で運ばれたという。
医師の診断は脳梗塞ということで、結局そのまま意識が戻らず半月後に病院で息を引き取った。倒れてから亡くなるまで、父親が家に戻ることは一度もなかった。
倒れたその日に誰が車に乗って家まで来たのかは全くわからないままである。
「でもあれはやっぱり父が乗ってきたんじゃないかと思ってるんです。最後に帰りたかったのかなって」
Eさんはそう言って寂しそうに笑った。