ドアチェーン

Mさんがアパートで一人暮らししていた頃のこと。
夜十一時頃、仕事から帰宅して夕食も兼ねた晩酌を楽しんでいたMさんだったが、飲んでいるうちに催してきたのでトイレに行った。
用を足してから台所でコップに水を汲み、それを飲もうとしたとき。
目の前の玄関のドアに、外側から鍵が差し込まれる音がした。
ガチリ。
錠が外れる音がして、すぐにドアが無造作に開かれた。
かけてあったドアチェーンがぴんと伸び、それ以上開かない。
「あれっ?」
外から男の声が低く聞こえて、またドアが閉まった。
一部始終を見ていたMさんは、コップを口に持っていった姿勢のまま数秒間凍りついたように固まっていたが、ようやくコップを置くと恐る恐るドアに近づいて、ノブを固く握りしめながらドアレンズから外を覗いた。
ドアの前には誰もいない。
さっきのは誰だったのか。
Mさんは誰にも合鍵を渡してなどいないから、他に鍵を持っているのは管理人くらいのものだ。しかし管理人がMさんに無断で部屋を開けるというのも考えにくい。念の為に後で管理人に尋ねてみたが、勝手に開けるなどということは絶対にしないということだった。
しかし目の前でドアを開けられてしまったのは事実だ。チェーンをかけていたのが幸いして部屋に入ってこられることはなかったが、不在時にはチェーンをかけることができない。次の週明けにドアの鍵を交換することにした。


それから二週間ほど後のことである。
仕事から帰宅したMさんは部屋のドアを開けようとした。
すると内側でチェーンがかかっており、数センチ以上開かない。
あれっ?
驚きながら一度ドアを閉め、今見たものが信じられずにもう一度開いた。
今度はなんの抵抗もなくすんなりと開く。しかしつい数秒前には確かに内側にチェーンがかかっていたのが見えた。
どういうことだろうか。内側でチェーンを外すような音も聞こえなかったのに。
そしてMさんは二週間前のことを忽然と思い出した。
あの時にドアを開たのは、まさか自分だったのか?
先程一度目にドアを開いた時は部屋の中をよく見ていなかったが、もしかすると台所には二週間前の自分がコップを持って立っていたのだろうか?