トラロープ

Kさんが結婚して間もない頃の話。
夜中に散歩がてら近所のコンビニまで行こうとすると、妻も一緒に行きたいというので二人で家を出た。
コンビニは歩いて十分ほどのところで、車で行くほどの距離ではない。もう午前零時を過ぎていて、あまりうるさくするのも良くないので無言で二人並んで歩いた。
途中に国道51号があり、ここを渡るとすぐコンビニなのだが、このときは国道に車の通りが全くなかった。
いつもなら深夜でもこの道路に車がいなくなるようなことはない。少なくともそれまでそんな光景は見たことがなかった。
珍しいこともあるんだな、と妻と話しながらKさんは国道を渡った。一旦渡りきったところで、妻がふと何かを見つけた。
なんだろ。紐?
妻が指差すほうを見ると、国道の路上から細長いものが垂直に伸びている。近寄ってみると黄色と黒の縞になったナイロンロープのようだ。いわゆるトラロープである。
これが道路のアスファルトから直立していて、見上げても上端はどこまで伸びているのかわからない。
わからないのは暗くて上がよく見えないせいだが、少なくとも十メートル以上は伸びている。風のせいか、上の方がいくらか揺れて見えた。
なぜそんなものがあるのだろうか。このロープはよく工事現場などで使われているイメージがあるから、もしかするとここは工事中なのだろうか。だから車は通行止めになっていて走っていないのだろうか。
だが何の工事でロープをアスファルトの上にぴんと立てておくのだろう。どうやって立てているのかもわからない。
もっとよく見ようとしてKさんはロープの根本にしゃがみこもうとしたが、その瞬間に視界がぱっと明るくなった。
直後にけたたましくクラクションが鳴らされる。
慌てて二人が道路脇に下がると、何台もの車が目の前を通り過ぎていった。国道にはいつものように車が行き交っている。
これがつい数秒前まで車が全くなかった道路だろうか?
そういえばあのロープは、と思って見回したものの、どこにもそんなものはなかった。