ショッピングカート

Nさんが高校二年生の秋、修学旅行に行くためにいつもより早い時刻に家を出た。
旅行先はそれまで行ったことのない北海道なのでNさんは前々からとても楽しみにしており、駅に向かう自転車のペダルも軽かった。
その途中の交差点で信号待ちをしていた時のこと。
いつもこの交差点はそれなりに交通量があるのだが、普段Nさんが通る時刻より一時間近く早いためか、この時は全く車が通らなかった。
この時間だとこんなに道が空いてるのか。早く行きたいし、赤信号でも渡っちゃおうかな?
Nさんがそう思いながら左右を確認していると、左の方からガラガラとうるさい音が響いてきた。
そちらを見ると一台のショッピングカートがこちらに進んでくる。小さいキャスターがアスファルトの上でけたたましい音を立てながら、誰も押していないショッピングカートがひとりでに動いている。
なんだあれ……。
呆気にとられるNさんの目の前をショッピングカートは猛然と横切り、右手の緩いカーブを曲がって見えなくなった。
すぐに信号が青に変わったのでNさんが呆然としたまま交差点を渡ったところ、背後からエンジン音が急に押し寄せてきたように感じた。
振り返るとたった今まで一台も車がいなかった道路に、突然いつも通りの交通量が蘇って、何台もの車が行き交っている。
えっ、なんで急にこんなに車が?


朝一番にそんなことがあったのでNさんの頭からはすっかり北海道のことなど飛んでしまい、集合場所に着くまでずっとショッピングカートのことを考え続けていたという。