交差点

春先の夕方だったという。
バンド活動をしているKさんが練習後に帰宅する途中、交差点で信号待ちをしていた。
その日の練習を思い返しながらぼんやり辺りを眺めていると、道路の向こう側で信号待ちをしている人たちの中に高校生らしき制服姿の女の子が三人並んでいる。
その中の一人が目を引くようなかわいい子で、ついじっと視線を向けてしまった。
すると脇から男の声がする。
「なぁにじろじろ見てんだよ」
ふっとそちらに目を向けたが、誰もいない。
周囲を見回しても、他にこちら側で信号を待っているのは数歩離れたところにいる女性くらいで、至近距離で聞こえた声の主らしき者は見当たらない。
空耳だろうかと視線を前に戻すと、先程の女の子の向こう側に立っている人とちょうど目が合った。知っている顔だ。
当時Kさんが付き合っていた彼女である。
彼女はKさんとはっきり視線が合っているはずなのに、無表情でただじっとこちらを見ている。
なんであんなふうに見てくるんだ。文句でもあるのか。
とりあえず声をかけようと、信号が青に変わってから彼女のほうに近寄っていった。
ところがKさんが近寄るより前に、先程の高校生の女の子の陰に隠れるように彼女の姿が見えなくなった。
高校生たちはそのまま横断歩道を渡ってきたが、その向こう側には彼女の姿はなかった。
彼女の携帯にかけてみても出ない。


どういうわけか、それ以来彼女と一切連絡がつかなくなった。
彼女の実家は教えてもらっていないからそちらにも当たれない。共通の友人にも尋ねてみたが、そちらも心当たりはないということだった。
それから五年経つ今でも彼女とは会えていないという。
正直なところ、単に愛想をつかされただけかもしれないので、今ではもう彼女を積極的に探そうという気も薄れているとKさんは語った。
ただ、彼女が消息を絶つ直前のあの交差点での無表情な視線と、不可解に彼女を見失った状況と、すぐ傍で聞こえた男の声とが、どうにも心にしこりのようなものを残しているのだという。