夕焼けサイレン

Tさんが長女を産んでから、静岡の実家から母がたびたび東京まで世話をしに来てくれていた。
その日も母が来るという連絡を受けていたのだが、着くはずの時刻になっても姿を見せない。途中で買い物でもしているのだろうかと携帯に連絡してみたが、一向に出ない。
事故でもあったのだろうかと心配していたところに、突然。


ウゥゥゥゥゥゥゥゥ――!


サイレンが響き渡った。
なに、火事!? 地震!?
慌てて長女を抱き上げてから外に出てみたが、玄関を出ると同時にサイレンは鳴り止んでしまった。綺麗に赤く染まった夕焼けの中を、人も車も何事もなかったかのように平然と道を行き交っている。
何もないならいいんだけど。何のサイレンだったのかな。訓練かなにか?
釈然としないまま家に入ると、いつの間に来たのか、大荷物を持った母がリビングに立っている。
あら、あんたどこ行ってたの?
そう言う母にTさんも聞き返した。お母さんどこから入ったの?
Tさんは玄関のすぐ前までしか出なかったのに、母の姿を見ていない。母はどこから現れたのか。
すると母は玄関からに決まってるじゃない、と言う。
母は到着するといつものように玄関の呼び出しボタンを押した。するとTさんの声で「どうぞー」と返ってきたので自分でドアを開けて入ってきた。
しかし家の中は静まり返っていて、娘も孫も姿がない。たった今声が聞こえたばかりなのに、どこへ行ったんだろうと思いながらリビングに荷物を下ろそうとしたところで玄関からTさんが現れたのだという。
これは明らかに辻褄が合わない。母が嘘をついているようにも見えなかったが、しかしTさんの主観とはあまりに噛み合わない。
あのサイレンは聞こえた? と母に聞くと、そんなものは聞こえなかったという。後で近所の人にも尋ねてみたものの、サイレンを聞いたという人は誰もいなかった。
また後からひとつ気になった点があった。サイレンを聞いて抱き上げた長女が、家の中に戻るまでずっと穏やかに眠っていたことだ。
あんなにけたたましくサイレンが響く中で抱き上げたのにもかかわらず、家の中に戻るまでずっと目を覚まさなかったのは不思議だった。